―小倉さんの新著の結びにあった「暮らしのなかの暗さに目を凝らそう」という言葉が響きました。このメッセージに込めた思いは。
僕はサイエンスの分野にも関わっているのでテクノロジーを否定しません。むしろ大好きなんです。
でもテクノロジーは何のために存在しているのか。
技術の発達のためではなく、人間の幸せに繋がっていなければ本当に意味がありません。幸せは、自分の体や日々の暮らしから感じるものだと思うんですよね。
AIやロボットなどテクノロジーに乗り遅れそうで不安という声も聞きますが、みんなが考えなきゃって、脅迫的にならなくても良いと思います。
僕たちは、過去に日本列島に生きてきた人がどういう暮らしをして、どんな世界と向き合って、どうやって豊かさを見出してきたのか。
冒頭に戻りますが、150年間で破壊されてきた、あるいは破壊されたように見える古層のレイヤーにアクセスするために、発酵文化って非常に役立つんですよ。発酵は、見えなくなった世界や価値観にリーチするための貴重なツールとして考えています。
未来を向くためには、まず過去をよく見えるようにしよう。今回の発酵の展覧会には、そんな思いを込めています。それは、暮らしの暗さ、大きな流れのなかで見えなくなっている影の部分に目を向けなければ見えてきません。
―最近では、藍染めや日本酒造りなどで、若者が伝統文化を盛り上げようとする動きもあります。発酵の可能性についてどう思いますか。
今、発酵文化の世界でも新陳代謝が起こっていて、「伝統文化」から横文字の「カルチャー」になりつつあります。若い人が入ってきて、保護の対象ではなく、攻めの時代になってきました。
単なる健康や美容、食のブームを超えて、発酵という新しいカルチャーをつくる現場のフロントラインにいることに、とてもワクワクしています。
「発酵デザイナー」として活動し始めた当初は、面白い肩書きや色物として注目されることが多かったですが、最近は醸造業界の人たちからもよく声が掛かるようになりました。
ちょっとだけですが、僕は今、発酵の世界に対して片思いじゃなくなっているような気がしています。
小倉ヒラク◎1983年東京生まれ。東京農業大で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボを作る。「見えない酵母菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。「手前みそのうた」でグッドデザイン賞2014を受賞。著書に「発酵文化人類学」(木楽舎)など。