展覧会では、その取材を通じて出会ったローカルな発酵食品を展示し、小倉ならではの解説が加えられている。
例えば冒頭の八丁味噌。キャプションには「味噌汁の味は、その土地のプライド。」とキャッチコピーがあり、「韓国のテンジャンなどと共通する大陸系の味噌の系譜だ」などと書かれる。しかも写真にはライバルであろう「八丁味噌」メーカーの代表がともにロゴ入りの法被を着て、ピッタリと肩を並べている。
ここで私の勝手な「名古屋人は舌がバカ説」をぶつけると、小倉は「それはね、ちょっと文脈が違うだけです。関西は味が薄い。まあそう思うでしょうね」とさらりと答えた。さらに「関西は貴族、東京は商人、名古屋は武士が味覚を作ってきた。名古屋は『濃厚旨味大国』なんですよ」と解説してくれ、なんだか少しだけ自信が持てた気がした。
現代人はスローガンにうんざり
会場では、奈良漬けや守口漬け、くさやなどの実物の展示もあり、匂いが嗅げるようになっている。また、地酒が飲めるイベントが開かれたりしていて、まさに「身体知」を提供している。
それでは、目に見えない発酵の世界を通じて、小倉が発信したいメッセージは何なのか。
「発酵食品という食べ物を通じて、いろんな暮らし、いろんな世界観で生きているんだということが感じられる。僕はそれで十分だと思っているんですよね」
さらにその答えは、意外なところに展開した。
「抽象化してメッセージ化するのって、元の木阿弥なんですよ。スローガン化していくことが近代的な発展性だった時代は終わって、現代人ってうんざりしてると思うんですよ。自己啓発本やライフハックを真似ることが、本当に豊かな生活なのか?スローガン化される前って曖昧な世界なんです。僕はそれにすごく興味があります」
発酵の世界は、穀物を蒸す適温や微生物の代謝経路などが決まっており、実は「具体的」なのだという。だが、それが目には見えない。また科学的に解明されていない点も残されている。そこが面白いのだ、と。
「目に見えないものを捉えるためにはイマジネーションがいっぱいいるでしょ。そういう世界を体感してもらいたいです」
(続く)インタビュー後半は、日本列島の発酵の旅を振り返り、小倉が発見した数々の気づきをお届けする。
小倉ヒラク◎1983年東京生まれ。東京農業大で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボを作る。「見えない酵母菌たちのはたら気を、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。「手前みそのうた」でグッドデザイン賞2014を受賞。著書に「発酵文化人類学」(木楽舎)など。