麹が今、呼んでいる
「独学ではもう限界。発酵の研究がやりたいです」。14年、東京農業大学の研究生として正式に発酵学の門を叩く。そこから2年間、デザインの仕事をしながら研究室に通う日々を過ごした。
印象深かったのは、2種類の酵母を育て分ける実験という。
「一方は品が良くボコボコしていたけれど、もう一方はビーカーが割れそうなくらい凄まじく増殖・代謝をしていたんです」
そこで「微生物って個性があるんだな」と知った。
醤油や味噌が入った木桶の前に立っていると、ブクブクと表面が泡立ち「目に見えない生き物たちが自分に何かしら働きかけている」感覚になるのだ。
当時の小倉の研究テーマは「素人でもできる麹づくりメソッドの開発」。
研究を通じて麹づくりの方法が分かってくると、一般向けにワークショップを開催。これが口コミで広がり、人気に。健康や美容面から麹ブームも相まって、2年半で100回以上開催し、1000人以上が参加した。
麹づくりを年中していると、ある夜、不思議な体験をした。
「麹が今、呼んでいる」と感じたのだ。これは醸造家が皆知っている感覚なのだという。「今、手入れしないとうまく育たないと思ったんです。『ようこそ、発酵の世界へ』って感じで、嬉しかった」
そこで行き着いた考えとは。
「僕は都会の情報産業の中で生きてきたんで、人間以外の生き物ってあんまり意識しないわけですよ。それまでは頭でっかちでした。本を読んだり、勉強したら分かると思っていたけれど、この世界ってそうではなくて、目の前に起きている現象から感じ取ることが大事だなって。つまり『身体知』です」
渋谷ヒカリエで開催中の「Fermentation Tourism Nippon〜発酵から再発見する日本の旅〜」
ここで、今回の展覧会に話を戻そう。
2018年8月から19年3月にかけて、小倉は全国47都道府県に実際に足を運び、ローカルな発酵食品を探し回り、地域で脈々と受け継がれてきた多様な文化に触れてきた。