Forbes JAPAN編集部は米国・サンフランシスコで、これからの時代を拓く女性起業家たちに注目した。
5月2日、スタートアップとイノベーションの世界的中心地であるサンフランシスコで開催された、カルティエ ウーマンズ イニシアチブ アワード(CWIA)を取材した。2006年から毎年開催され、カルティエとINSEADビジネススクール、マッキンゼー・アンド・カンパニーによって設立された、女性起業家が主導するプロジェクトの認知、支援、奨励を目的とした国際ビジネスプランコンペティションだ。
今年も世界7地域(中南米、北米、ヨーロッパ、サハラ以南のアフリカ、中東および北アフリカ、極東アジア、東南アジア)より各3名、計21名の女性起業家がファイナリストに選出され、各エリアから1名ずつ、合わせて7名がプライズを受賞した。
ファイナリストたちは地域や事業内容はもちろん、25歳〜53歳とライフステージも多様な女性たちが集まった。
「世界を変える」女性起業家たちとそのプロジェクトを支援するだけではなく、女性たちのネットワークづくりに尽力し、自身のアイデアを発言する力を与えたいというカルティエの思いを感じられる。次から次へと広がるネットワーク、それこそ本年のCWIのテーマである「The Ripple Effect」(波及効果)そのものだ。
「女性たちの好奇心、大胆さ、寛容さは、メゾンの文化に深く根差した価値観を映し出すものです」
カルティエ インターナショナル プレジデント&CEOのシリル・ヴィニュロン氏は女性起業家たちとメゾンに共通点を感じている。
そして、Forbes JAPAN編集部は今年のファイナリストに選出された21名の中から、特に注目した3名の女性に独占インタビューを行なった。
彼女たちがひときわ輝いていた理由、彼女たちの好奇心や大胆さ、寛容さ、チャレンジの源泉に迫る。
一番のチアリーダーは自分自身。リスクテイカーの最年少受賞者
今回の参加者の中で最年少の一人である25歳(取材時点)で受賞者に選ばれたカルミナ・バヨンボンは、フィリピンで「Invest Ed」(インベステッド)を経営している。
個人の信用度を点数化する「クレジットスコアリング」なしで、十分なサービスを受けていない若者に学生ローンを提供している。返済率は現状100%という。日本でも学生ローンの返済の遅滞が問題となる中、驚異的な数値である。
彼女自身、金銭的リスクを背負った過去があると明かす。
「私は500ドルの貯金しかない状態で仕事を辞めて起業しました。かなりのリスクテイカーだと思います。当時、会社の従業員にも給料を支払うために、複数の仕事をしていました。ビジネスを始めるのには非常に難しい状況でした」
苦しい起業当時を振り返りながらも、笑顔で話し始めた。彼女の明るさからは想像もつかないほどの苦難を経験していることは窺えない。苦難の一つ一つを彼女はポジティブにとらえ、解決させていったのだ。
「ビジネスを始めた時は、周囲から『1日2ドル以下で生活しているような人たちに貸すなんて、お金を失うのと同じだ。借入者の半分は女性なのですが、特に女性にお金を貸しても、妊娠したらお金が返ってこなくなる』などと言われました。それが毎日続いたのです。すると、自分のマインドへも影響が出てきてしまいます。ですが、私は決して自分のミッションを変えないと決めました。そして、結果100%の返済率を実現しました」
2017年には給料を支払うことが出来ず、自身のチームの全員を失ったこともあった。彼女は当時を振り返る。
「チームメンバーの全員が去るという経験が、私にとってターニングポイントとなりました。そして、私たちは営利目的の企業であると実感しました。大きな損失でしたが、とても勉強になりました」
フィリピンマニラ首都圏にあるオフィスでの様子。苦難を乗り越えるために、彼女は”セルフコンパッション”(自分を大切にすること)が必要であるという。
「大変な時は慌てずに一度落ち着くことが大事です。それこそ”自分への思いやり”です。自分を壊してしまっては苦難は乗り越えられません。そこで、自分には十分できる、解決できる。そして、こんな経験はなかなかできないと自分に言い聞かせます。私の一番のチアリーダーは自分自身ですから。これでプレッシャーが少しは消え、次に何をしたら良いのかがわかるようになるのです」
CWIに参加し、多くの女性起業家が周囲から自身の事業にネガティブな意見を言われる経験をしていたことを知ったと話す。
「世界中の女性起業家が同じ問題を抱えていたことに驚きました。ファイナリスト達から、自分のミッションを追い続けることがいかに大事であるかを学びました。そして一生ものの繋がりができました。また、世界中で私のような事業が求められていることを知り、世界に広げられる事業であること、その可能性は無限だと知ることができました。他のアワードではこのような機会は得られないと思います」
受賞の瞬間、彼女たちが互いを称え合う場面はまさにCWIで生まれた絆、そして、姉妹愛を感じる一幕であった。
次回のCWIには多くの女性起業家に是非とも応募してほしいと、彼女は熱を込めて話す。
「女性起業家として、世界レベルの刺激を受けられます。あなたの苦しんでいることは決してあなただけの悩みではないことがわかります。そしてチャンスはプライスレスです。コネクションやサポート、そしてトレーニングも充実しています。応募をためらわないで。あなたの人生を変えるような経験が待っているから」
自身の経験に基づいた熱いパッションを事業化に結びつけることで、世界に大きなインパクトをもたらす。彼女の何事もポジティブに考える力、自分の思いを貫くために全ての意見に耳を傾けるのではなく、時に耳を傾けない強さ、それこそが「自分を信じる力」なのではないだろうか。挑戦する女性なら、心に留めておきたいエピソードである。
何もないところから、何かを生み出してみたかった
韓国は高齢化の速度が早く、日本同様、大きな問題となっている。そんな高齢化社会に新たなソリューションを見出したのが、今回の受賞者の1人、チョ・ヨンジョンがCEOを務める、「SAY Global」(セイ グローバル)だ。定年退職後のシニア層を韓国語チューターとして育成し、世界中の韓国語学習者と繋ぐオンライン語学スクールを運営している。
5年前にボランティアとして始め、事業としては2年目になる。SAYを始める前はアメリカの大手投資会社に所属していた彼女が、華々しいキャリアを辞め、なぜ起業を決意したのか。彼女は語った。
「当時、周りの多くの人に、『今の仕事を辞めて本当に良いの?とてもハイリスクでは?』と言われました。確かにとてもリスキーでした。ですが、何もないところから、何かを生み出し、スタートアップをやってみたかったのです」
「『若いうちにやらないでいつやるの』と自分自身に言い聞かせていました。なぜなら、失敗しても別の何かをやり直せると思ったためです。若いうちに始めればリスクが軽減できる。そう考え、起業しました」
決意の強さが垣間見えた。周りの意見に惑わされないことが新たな事業を立ち上げるためには重要だと話す。
「自分が何を感じているかを何より、気にかけることが大事です。自分を表現できないのは、他人から何かを言われた時、どう思われているかを恐れているからだと思います。しかし、最も大事なのは自分の声を聞くことです。我慢することはありません。自分を優先することが大事なのです」
CWIへの応募資格は1~3年のシード期のスタートアップだ。彼女はCWIに参加して学ぶことが多かったと熱く語る。
「ファイナリストに選出されて始まったコーチングでは、複数の分野のコーチを数名つけていただきました。皆とても献身的な方々で、私の事業をよく理解するためにたくさんの時間を割いてくださっていました。実用的なアドバイスをいただけました」
新たなコネクションもできたという。サンフランシスコでのラストスパート1週間のタイトなプログラムで、初めてファイナリスト同士、顔を合わせた彼女は、毎日一緒にプログラムをこなし、多くのコミュニケーションをとれたことがとても良い経験になったと語る。
「例えば、私と近しい事業をしている、アリーヌ・サラ。彼女は、レバノンで難民を雇い、アラビア語の教師を育成しています。彼女はBtoB、私はBtoCに特化していますので、今後、お互いに協力できるのではないか、と話をしています」
彼女が得たネットワークはファイナリスト同士にとどまらない。
「サンフランシスコでの1週間で、CWIのチームは可能な限り多くの方々に会わせてくださいました。常に私たちに何が必要かを気にかけてくれていたのです。他の同様のアワードでは、スポンサー企業は自身のPRやブランディングを考えている印象ですが、CWIは違います。本当に私たち起業家のために行なってくれているのだと感じました」
そして目を輝かせ、「女性起業家の皆さんに、CWIへの応募を強くおすすめします」と語った。
何もないところに何かを生み出したい。そう語った彼女は、自身が見たことのない世界を知りたかったのだ。溢れ出る好奇心はチャレンジングなエネルギーに溢れたカルティエのカルチャーを彷彿とさせられる。そして高齢化という社会課題に対し、彼女が見つけた解決策は、受講者だけでなく高齢者のチューターの喜びにも繋がる。これこそ本年のCWIのテーマである”波及効果”の1つと言えるのではないだろうか。彼女の事業は世界規模への展開が可能である。さらなる”波及効果”を生むこととなるであろう。
大切なのはネットワークを作ること
CWIの魅力はアワードだけではない。受賞を逃した14名のファイナリストもメディアへの露出やネットワーク構築の機会、INSEAD特別プログラムへの参加が認められており、賞金3万米ドルも授与される。アワード自体が目的ではなく、コミュニティを構築することに重きを置いていることが感じられる。
カルティエのシリルCEOも以下のように語る。
「CWIでの縁を、一度きりのものではないようにしています。何より大事なのはネットワークを作ることなのです。毎年実施することで、より強靭な繋がりを作っていくことができています。ただアワードのためにやっているのではありません。アワードはたった1日ですが、彼女たちの人生はこの日以外もあるのです」
ネットワークは一度きりではなく、今後も続いて行くこと、そして彼女たちの夢を実現させたいという、CWIの支援の気持ちを感じ取れる。
そして今回のファイナリストである1名からもCWIの魅力を語ってもらう。
何かをやりたいのであれば、自分でその環境をつくる
先述したように、ファイナリストたちのライフステージは様々だ。中でも数少ない、子供を持つファイナリストの一人である、レバノンのレーヌ・アバスは子供向けのビデオゲーム開発レッスンを行うSpica Tech(スピカ テック)を運営している。彼女は起業して3ヶ月後に妊娠し、現在3人の子供がいる。
「レバノンでは女性に権利はないと思っています」
国内で未だ根強く残る女性差別に憤る。
「私は生まれてきた子供にさえ名前をつけてあげられなかったのです。起業を決めた時、周りから『あなたは母親なのだから、家にいるべきだ』など色々なことを言われました。両親からさえも」
しかし、彼女は諦めなかった。自らを「生まれながらに革命的な人」と称する。仕事と子供は切り離せないものだという彼女にとって、自身が両立しやすい環境を整えることが大事であると考えた。
「簡単ではないかもしれませんが、必ず解決策はあるのです。私には目指す夢があります」
仕事と子育てを両立するため、彼女はイノベーティブな工夫を凝らしている。例えば、自身が子供を預ける保育園に無償でカメラを設置し、いつでも子供を見られるようにした。
彼女は大学の講師も務めるが、講義に子供を連れて行ったこともある。周囲が「好ましくない」と言っても気にしなかった。時間をうまくマネジメントし、講義も滞りなく行っている。
自らの意志を貫く彼女のマインドセットを聞いた。
「何かをやりたいなら、自分でどうにかやれるようにするのです。それにはとてつもない努力が必要です。ですが、決して諦めてはいけないのです!そして特に、ネガティブな意見には耳を傾けないのです」
彼女はかねてよりCWIに参加したいと思っていたという。
「今年は自分自身に、『応募しなさい、とても勉強になるから』と言い聞かせました。まさかファイナリストになれるとは思いませんでした。非常に良い経験でした。私のためにCWIが紹介してくださった何分野ものビジネスのコーチや、メディアの方、そしてファイナリストたちとグローバルな繋がりができました」
起業家として、彼女が学んだことは多いようだ。真剣な眼差しでこう語る。
「コーチ達からも多くのことを学びました。財務のコーチからは学んだことは、私の事業の成長に繋がると強く感じました。また、他のファイナリストたちから学ぶことも多くありました。一緒にお互いを補い仕事ができそうという話も進んでいるほどです」
自身のビジネスを再認識し、今後の発展の可能性も感じたという。
ゲームの世界に携わる女性は13%と、業界はまだまだ男性社会であるという。自身をギーク(変わり者)と称する彼女は、多くの苦難を乗り越え、男性社会を生き抜いてきた。四面楚歌といっても過言ではない状況のなか、彼女は自身の道を自身で切り開いた。「子供」と「仕事」を切り離さず、イノベーティブな工夫をこらし両立させてきた。その大胆さ、固定観念を逸脱した創造力は多くの女性のヒントとなるだろう。
2019年のCWIAの受賞者7名
今年の授賞式は初開催のアメリカ、サンフランシスコで開かれた。(アワードの現地レポートは現在公開中。詳しくは
こちらをご覧ください)
各地域から選ばれた7人の全受賞者を紹介したい。本年のテーマでもある、「The Ripple Effect」(波及効果)を反映したかのような、地域から国、国から世界へと広がるような、グローバルな課題を解決に繋げるサービスを提供する企業が多い傾向であった。
写真左より
東南アジアチョ・ヨンジョン/SAY Global(セイ グローバル)CEO(韓国)
韓国国内で定年退職をしたシニア層を世界中の韓国語学習者と繋ぐオンライン語学スクールを運営。
極東アジアカルミナ・バヨンボン/InvestEd(インベステッド)CEO(フィリピン)
十分なサービスを受けていない若者に学生ローンを提供するサービスを運営。
中南米リサ・パオラ・ヴェラルデ・カルヴィヨ/Technologies Delee Mexico(テクノロジー デリー メキシコ)CEO(メキシコ)
がん患者の体内で循環腫瘍細胞の存在を検知する血液検査で、病気の進行を効率的に観察することを可能にした。
中東および北アフリカヒバ・シャタ/Maharat Learning Center(マハラ ラーニング センター)CEO(アラブ首長国連邦)
特別な支援を必要とする子供や若者に行動療法と教育サポートを提供する学習センターを運営。
ヨーロッパジネブ・アグミ/EzyGain(イジーゲイン)CEO(フランス)
骨盤を固定し、症状の進行具合を自宅でも確認できる、低価格歩行リハビリ装置を開発した。
サハラ以南のアフリカマンカ・アングワフォ/Grassland Cameroon(グラスランド カメルーン)CEO(カメルーン)
農業インプットや市場へのアクセスなど総合的な対策を小規模農家に提供する、資本担保型の融資サービスを行う。
北米ラン・マ/Siren(サイレン)CEO(アメリカ合衆国)
糖尿病患者向けのマイクロセンサーを搭載した、スマートソックスを開発した。
Cartier x Forbes JAPAN Meet-up Event〜initiating a ripple effect〜そして、CWI 2020 Editonの募集に先駆け、日本でも6月14日、カルティエとForbes JAPANによるコラボレーションイベントが開催される。
女性起業家や今後起業を目指す女性、彼女たちを支援するメンターや投資家を対象に、活躍する女性たちをエンパワーメントする場を提供する。グローバルな視点から、女性起業家のネットワークを広げるイベントだ。
東京で開催するこのイベントには、2019年度のCWIAで発表された受賞者7名の中から本記事でも紹介したチョ・ヨンジョンを、また、ファイナリストも招聘予定だ。彼女たちがCWIで経験したことや、女性起業家というの生き方を選んだ理由などのセッションを予定している。
イベント当日は、CWIで審査員を務めたForbes JAPAN 編集長の高野真も登壇する。また、カルティエ ジャパン プレジデント&CEOのヴェロニカ・プラット=ヴァン=ティールも来場予定だ。
※お申し込みは締め切りました。沢山のご応募、誠にありがとうございました。
【イベント詳細】◎開催日:2019年6月14日(金)
◎開催時間:18:30-21:30(予定)
◎会場:都内某所(ご当選の方へご案内差し上げます)
◎定員:90名程度(抽選)
イベントのプログラムなど、詳細はこちらCWI 2020年度のご応募、詳細は
こちら
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