薬剤耐性の問題から考える、日本の畜産と「食」のあり方

Istvan Kadar Photography / Getty Images


EU諸国では、AMR問題に対する対応の一環として、家畜の発育促進を目的とした抗菌薬の飼料添加を、全面的に禁止するに至っている。リスクの芽を一括して摘み取る「予防の原則」を優先した対応が行われた。

対して日本では、適正使用を促し、利用し続けるという判断を行っている。

通称「飼料安全法」と呼ばれる法律によって、飼料添加物としての抗菌薬の使用方法が定められており、人への健康影響については、食品安全委員会が「リスク評価」にあたっている。近年、このリスク評価に基づき、飼料添加物の指定が取り消された抗菌薬が複数出ている※。

ここで少し、家畜に対する抗菌薬使用に関する日本の背景にも触れておきたい。

抗菌薬の飼料添加は、人の大切な資源が無駄遣いされている、飼料や抗菌薬の市場を潤しているに過ぎないといった、一方的な害悪のように考えられる節がある。果たしてそうだろうか。

出荷時の家畜の体重は、豚で約110kg、肉牛で600kg以上。育て上げるためには、大量の飼料とコストが必要となる。さらに日本は、平成28年度における家畜飼料の自給率が約27%と、大部分を輸入に頼っている。より少ない飼料で、効率的に体重を増加させる飼料添加物の使用は、生産現場では合理的な対応であると言わざるを得ない。

また、しばしば畜産現場で課題となるアニマルウェルフェア(動物福祉)も無関係とは言えない。少なからず家畜にストレスの生じる環境では、感染症が発生しやすく、予防的な抗菌薬投与もやむを得ないという側面もある。アニマルウェルフェアに基づく飼養環境改善は、日本だけではなく、海外においても同様の課題だ。

さらに見方を変えると、「予防の原則」は科学的根拠に欠けるという指摘もある。データに基づくリスク評価の技術としくみの醸成こそが重要であるという考え方だ。

予防の原則と科学の間には、しばしばこうした対立構造が生じる。

欧米では、スーパーマーケットの肉売り場などで、「Antibiotics Free」の表示が目につくようになった。治療以外の目的で、抗菌薬を使用していない畜産物であることを示す表示だ。

ここからは、AMR問題に対する消費者の関心の高まりが窺える。AMR問題に配慮した商品へのニーズが高まり、それが一種のブランドとして受け入れられるようになったと言っていいだろう。

国際社会のこうした潮流の中で、日本における畜産の在り方、消費者の姿勢が、今後も問われることになるのは間違いない。自らが口にするものに対して、果たして何を望むのか。あらゆるものの生産と流通は、消費者が何を望むのか、そのニーズに方向付けられる。

AMR問題は、医療のみならず、生活に直結する「食」にもついて回るキーワードであることを知ってもらえたら幸甚だ。

※近年、バージニアマイシンとコリスチンの飼料添加物の指定が取り消されるととともに、本年5月からは、リン酸タイロシンが指定取り消し、使用禁止となった。

文=西岡真由美

ForbesBrandVoice

人気記事