ネット上で無料で記事が公開されて当然の時代に、有料の紙媒体で重厚なニュースを届けるビジネスモデルに勝算はあったのだろうか。
共同創業者のマーカス・ウェッブは、「デジタルがジャーナリズムの主流になるに従い、『何が正しいか』よりも『誰が一番先にニュースを届けるか』が大事になっていました。だから僕たちは、あえて紙媒体に重点を置くことにしました」と語る。
(左から)アートディレクターのクリスチャン・テイト、共同創業者のマーカス・ウェッブ、ロブ・オーチャード(Jess Orchard/jessorchardphotography.com.)
彼らに影響を与えたのが、創刊当時欧米を中心に広がりを見せていたスローフードの考え方。コストを抑え、素早く調理して消費者に提供するファストフードの文化に対し、良い料理には相応の時間とコストをかけるべきという概念だ。スロージャーナリズムもその流れを組んでいる。
DGに速報はなく、掲載されるニュースは全て発生から約3カ月以上経過したもの。「Last to Breaking News(速報の最後尾)」と自称し、時間をかけた取材でソースや事実をチェックする。編集者たちは常にニュースを見ながら気になった事件や出来事をメモし、後日どれをトピックとして取り上げるかを決めるという。
「1月に発生した出来事が、3カ月後には起きたことすら忘れられているということはよくあります。現在のニュースは、ビジネスでも政治でも、人々の耳に届きやすいような極端な主張のものが多いですが、僕たちはもっと深掘りして、白か黒かではない複雑な部分まで報じます。スロージャーナリズムとはこうした良質なジャーナリズムのことで、僕たちは『報道雑誌と歴史本の間』のような存在を目指しています」
最初の2、3年間は無収入
創刊号は、5人のスタッフがそれぞれ資金を持ち寄り、800ポンド(約110万円)で作り上げた。CEOのような幹部も置かず、特にビジネスプランもなく始めたという。
ウェッブは、「パッションだけで始めたんです。資金がなくてかなり苦戦しました。最初の2、3年間は無収入の状態でした」と振り返る。当時は「スロージャーナリズム」という言葉は認知されておらず「自分たちで標榜していただけ」だった。
ローンチメンバーの中には、結婚式でもらったギフトをデパートに返品してバウチャーを受け取り、そこの高級料理を食べるなどしながら文字通り「食いつないでいた」仲間もいるそうだ。