アメリカやヨーロッパの現状も知っていて、Jリーグに長くいた大倉さんはもう一つ、危惧していることがありました。
「日本のサッカー界は勝つことが目的になってしまっています。点を取られたくないからゴール前を固め、ボールを奪いに行かない。本来は、お客様に感動・勇気・希望といった無形のサービスを提供するのがスポーツの本質です。バイエルンミュンヘンの関係者に、『興行は、どうやって負けるかが大事だ』と言われていました。ベルマーレには11年いて、Jリーグにどっぷりとつかって選手や運営も経験した中で、本来のあるべきスポーツチームや、地域に根差すってどういうことなんだろうと考えながらも、日々のルーティーンに巻き込まれていました」
宮城のチームと戦い、復興をアピールした(c)IWAKI FC
Jリーグに上がることが目的ではない
「そんな時に、外から見ている安田社長に出会って『Jリーグは成功しているのか』と聞かれ、自分は井の中の蛙ではないかと気づいて、トライしたいと思ったのです。新しいチームを作るのは新鮮でしたし、被災地に対する思いもあったので、スポーツで元気になってほしかった。福島は、原発事故の影響で自由に体が動かせず、子どもたちの肥満度が高い、生活習慣病が多いと聞いています。これは日本全体で抱えている問題なので、いわきで良くなっていけば、スポーツやサッカーを通した地域創生のモデルになると思いました」
そして大倉さんは、サッカーチームの立ち上げに動き出しました。2015年シーズンでベルマーレを辞め、2016年12月にいわきスポーツクラブを本格的にスタート。「最初は選手が5~6人しかいませんでした。東京で記者会見をやってから1週間ぐらいでコンバイン(トライアウト)をして、25人ほどを確保して1年目をスタートしました。当時はまだサッカーコートが完成していなくて、場所を転々として、土の上で練習しました」
いわきFCは、福島県リーグ2部からスタートして1部に上がり、今はJリーグの手前のアマチュアリーグであるJFLに上がれるところに来ています。意外にも、大倉さんはJリーグに上がるのが目標ではないそうです。
「実は、Jリーグに行きたいとは公言していません。勝つための方程式はなく、スポーツビジネスは複雑です。勝つことを目的にするとダメで、僕たちは、サッカーを通して感動や、ベタですけど夢や希望を提供したい。その結果、勝てればなおよしですが、負け方が大事なんです。お客様が『楽しかった、また来週も見たい』と、3500円のチケットに満足して帰ってもらうのがスポーツビジネスなので、目的を混同しないようにと選手に話しています。お客様が入って会社がマネタイズできれば、どのリーグにいてもいいんです」
ただ、上のリーグに行くほど対戦相手のサポーターが多くて、興行の本質であるチケット収入は上がります。「そういう意味では、試合というコンテンツは大事で、難しいところですね。『90分間、止まらない、倒れない、ノンストップフットボールをやっていこう。試合で見ている人がわくわくする空間を作る』という目標を掲げています」(大倉さん)