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──当時、女性の建築家は少なかったのですか?

少なかったというより、いなかったんです。だからこそ、性別に関係なくチャンスを得やすいとされるニューヨークを勧められたのかもしれません。

とはいえ私は、良くも悪くも「私は女性だ」という自覚は持っていませんでした。当時のことを振り返って最近、「そういえば、建築の世界はみんな男性だったな」と思ったくらい(笑)。若くて無知でしたし、慣習や常識に捉われず恐れを知らずに、ずっと突っ走ってきたような気がします。

グラスシーリングという「見えないガラスの天井」という言葉がありますよね。性別などを理由に、本来の能力や資質・成果が正当に評価されず、昇進が阻まれるという状態を指しますが、私の場合、グラスシーリングではなかったと思います。

建築界では、見上げても天井が見えないほど、何層にも重なって男性が控えていたし、突き抜けるというよりは、潜って進むというか。もぐらみたいな感じで進んできました(笑)。

そんな自分が、この世界でパイオニアなんて呼ばれる立場になっていることは不思議ではあるけれど、後輩の皆さんのためになることがあれば、力になりたいと思っています。

そうそう、去年の夏、高校生の私に建築の道を薦めてくださった先生と、建築家になってはじめて再会したんですよ。フィレンツェで建築を教えている友人が、「この先生のこと覚えてる?」と連絡をくれたことがきっかけです。

ちょうど、アメリカのメイン州で芸術賞をいただく機会とも重なっていたので、先生を授賞式にお招きしたら、すごく喜んでくださって。これは、とても嬉しい再会でしたね。いい報告ができました。


森が率いる「Toshiko Mori Architect」がデザインを手がけた、セネガルのシンシアンに建つ文化センター「スレッド」。

──恩師の方のお話が出ましたが、森さん自身も、教授としての顔もお持ちです。生徒の皆さんとの関わりの中で、心がけていらっしゃることはありますか。

建築というのは、創造力の豊さが必要。教科書に書いてあることをそのまま覚えて試験で良い点を取ればいいというものではありません。

生徒たちには知識を詰め込むのではなく、遊ばせる。物事を広く深く見る経験をたくさん積んでもらいます。それから、イマジネーションを豊かにすることも大切だと考えています。

生徒一人ひとりが、自分の個性を生かしたものづくりができるようになるために教授としての私のミッションは、生徒たちに、わくわくするような体験を提供したり示唆したりし続けることだと考えています。

「わくわく」と言うのは、自分の身の回りの小さな関心ごとと、世界の大きな出来事がつながる瞬間だと思うんです。

だから私は、「今日着ている服、素敵ね」「何飲んでるの?」といった何気ない日常会話の中から、地球温暖化で綿の生産が減少していることや、世界では9人にひとりが飢餓で苦しんでいるといった話へと展開させていきます。

その上で、「みんなが同じことをし始めたらどんなことが起きる?」「あなたの選択はどんな影響があると思う?」と問いかける。

些細なことを、複雑で大きいことに繋げることで、大きな世界の中の自分はどういう個人なのかを示し、一人の人間が貢献できる証拠を示してあげる。この繰り返しが大事なんです。

建築は物事を総合的に取り入れる学問なので、経済の話も政治の話も、それこそ気候変動の話も難民の話も、無関係ではありません。

──生徒さんへ「わくわく」を提供し続けられる、森さん自身の「わくわく」の源は何でしょうか?


以前に受け持っていた生徒と最近再会したんですが、「あなたの言葉をきっかけに、教える道に進んだんです」と言われたんです。驚きましたが、嬉しかったですね。これも、わたしの「わくわく」だなぁと思いました。

恩師に背中を押されて建築の道に進んだ私の生徒が、私と出会ったことをきっかけに教職の道に進んだ。長い時間の中で、わくわくする気持ちのつながりを実感しています。

大変なことが多い世の中だからこそ、たくさんの「わくわく」を感じながら生きていきたいですね。

もり・としこ◎「Toshiko Mori Architect PLLC建築事務所」主宰。ハーバードGSD大学院教授。クーパー・ユニオン大学建築学部卒業。1981年に独立。95年ハーバード大学の教授就任GSD女性最初のテニュア。02年から08年まで同大学院建築学部長。08年シンクタンク「Visionarc 」設立。

構成=伊勢真穂 イラスト=Luke Waller

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