ただ、ブロッコリーやそれと同じ科に属する野菜には、一部のがんの発生リスクを低減させる効果があることは広く認識されている。権威ある科学誌『サイエンス』に2019年5月に掲載された論文では、ブロッコリーに含まれる成分には、がんを予防する可能性、ならびに特定の種類のがん治療に役立つ可能性があることが示された。ハーバード大学医学大学院(Harvard Medical School)の研究者たちによる研究だ。
研究を率いたピエール・パオロ・パンドルフィ(Pier Paolo Pandolfi)医学博士は、米ボストンにあるハーバード大学医学大学院附属ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンター(BIDMC)で、がんセンターおよびがん研究所ディレクターを務めている。「私たちは、がんの発生に不可欠な経路を作り出すうえで重要な役割を果たす酵素を新たに発見した。この酵素は、ブロッコリーなどのアブラナ科の野菜に含まれている天然成分によって抑制できる可能性がある」と、パンドルフィは述べた。
多くのがんでは、「腫瘍抑制因子」と呼ばれるたんぱく質が不活性化されているか、そのレベルが低くなっている 。腫瘍抑制因子は、その名の通りの働きを持っており、活性化されている場合は、がんの発生を止めたり抑制したりする。しかし、何らかの理由で不活性化された場合、細胞はガン化しやすい状態になってしまう。
最も重要な腫瘍抑制因子のひとつが、PTENと呼ばれるたんぱく質だ。人間が罹患するがんの多くでは、PTENのレベルが低くなっている。
そこで、パンドルフィをはじめとする研究チームは、PTENが持つがん発生を防ぐ機能を復活させる方法はないか、突き止めようと考えた。そしてその過程で、WWP1と呼ばれる別のたんぱく質を発見した。WWP1は、PTENの正常な機能を停止させる酵素だ。チームは、WWP1を止める方法を解明すべく研究を重ねてきた。
WWP1を無力化できる成分を探すなかで、インドール-3-カルビノール(I3C)という化合物が特定された。ブロッコリーやカリフラワー、ケール、コラードグリーン(非結球キャベツ)、芽キャベツといったアブラナ科の野菜に含まれる成分だ。がんにかかりやすいよう遺伝子を改変したマウスにI3Cを与えたところ、WWP1の機能が阻止され、PTENが持つがん抑制力を回復させることができた。
「この経路は、腫瘍の増殖をコントロールするためのレギュレーターとしてだけでなく、治療の際に標的にできる弱点でもあることが明らかになった」とパンドルフィは述べる。
I3Cについては今のところ、マウスでしか実験されていない。しかし研究チームは、この発見には可能性が秘められていると期待しており、がん細胞中の、機能を喪失したPTENを活性化させる方法を解明するために、今後活用されることを望んでいる。
ただし、マウスによる実験結果が人間にも当てはまったとしても、同量のI3Cを体に取り込むには、およそ2.7kgもの生のブロッコリーを毎日食べなくてはならない。それによって消化器官に数々の不快な副作用が起こりうるだろうことは、栄養士でなくてもわかる。
研究チームは、それほど極端でない解決策を模索中で、ブロッコリーの効能に関する知識をもとに、いくつかのアイデアを考え出している。たとえば、I3Cや同様の成分構造を研究室で合成したり、WWP1を無力化する別の方法を使ったりする方法だ。
「遺伝子工学技術のCRISPRか、I3Cのいずれかを使って、WWP1を遺伝子学的あるいは薬理的に不活性化すれば、PTENの機能を回復させ、腫瘍を抑制する働きを発動させられる可能性がある。こうした研究によって、腫瘍抑制因子を再活性化させてがん治療を行うという目標を果たす道が開かれるだろう」とパンドルフィは述べた。