「サクセス・ストリート」。米国南東部・サウスカロライナ州ノースチャールストンにあるこの通りほど、その名に似つかわしくない場所もないかもしれない。サクセス・ストリートが走るこの地域の失業率は20%、貧困率は40%。雑草が生い茂り、崩れかけた平屋の家屋や古びたアパートが並ぶ。
2016年 6月のある蒸し暑い朝、この地が生んだスターのひとり、黒人の共和党上院議員ティモシー・スコット(53)が、このサクセス・ストリートを歩いていた。連れ立っているのはショーン・パーカー(39)。言わずと知れたテック界のビリオネアだ。ショーンはこの日も、LAから自家用ジェットで飛んできていた。「可能性を秘めながら、花を開かせることができなかったたくさんの子どもたちがここにいた」と、閉鎖されたシコラ小学校を見やりながらスコットは言う。校舎には雑草が這い上り、割れた窓には変色したベニヤ板が打ち付けられている。「この街は不満やいら立ち、諦めに満ちていた。──ずっと、それを変えたいと思ってきたんです」
いま、そのチャンスは巡ってきた。この日、スコットとパーカーがサクセス・ストリートを訪れたのは、ある法が可決したことを祝う「ウィニングラン」だった。この一見意外な取り合わせのふたりは、ある風変わりなグループの中心メンバーだ。このグループには保守もいればリベラルもいる。資本家もいれば慈善家も、連邦議会の議員もいれば小さな町の町長もいる。
彼らが打ち立てた法律とは何か。それは、国内の貧困地域を救うため、米国史上有数の減税の機会を生み出す、その名も「The Investing in Opportunity Act 」(以下、「Oゾーン法」)だ。
節税インセンティブで、貧困地域に投資を呼び込む
大幅な税率の引き下げ、州税および地方税の税額控除、そして爆発的に膨張する連邦財政赤字などで、16年に成立した米国の減税法は大きな注目を集めた。しかし、その中にあって最も知られておらず、かつ最も大きな影響を及ぼし得るのが、この「Oゾーン法」だ。 この法律は、「国内貧困地域にキャピタルゲインを再投資すれば、長期であるほど大きな税制優遇が受けられる」というものだ。つまり、投資を行う個人や企業は節税ができ、貧困地域には長期にわたって莫大なキャッシュが流れ込む。
できすぎた話だと思うだろか?
「必要なのは強力なインセンティブだ」と、パーカーは言う。この政策を立案し、法制化を支えたのは、フェイスブックの初代CEOでもあるパーカーのシンクタンク「エコノミック・イノベーション・グループ」だ。「税金を政府に分配してもらうのではなく、民間のプロ投資家に、彼らが見込んだ事業に資金を投じてもらう、ということです」。
この新法の舞台は、各州が指定する「オポチュニティ・ゾーン(Opportunity Zones)」、略して「Oゾーン(O-zones)」と呼ばれる低所得地域だ。Oゾーンは、郡より一段階小さい「国勢統計区」単位で設定される。条件は、まず貧困率が20%以上であること、または世帯収入の中央値が周辺地域の80%未満であること。その上で州知事は、州内の該当する地区のうち25%をOゾーンに指定できる。米国全体では現在、約8700地域がOゾーンに認定されている。
そしてこの法のエンジンとなるのが、「オポチュニティ・ファンド」(以下、「Oファンド」)だ。Oファンドは、資金の90%以上をOゾーン域内の事業に投資していなければならない。また、資金を迅速に稼働させるため、保有するキャッシュのすべてを決められた期間内に投資することが定められている。半年に1度Oファンドとしての条件を満たしているか調査が入るが、ファンドの設立は米国国税庁への申請のみで行うことができ、承認は不要だ。