現場からの医療改革


今回のピロリ菌対策が、通常の臨床研究と違うのは、その規模と調査期間だ。

胃がんの発症は50代から増え始め、80代でピークを迎える。大学病院の医師が除菌した中学生を40年以上フォローするなど現実的でない。

ピロリ菌感染が判明した中学生は市内外のクリニックで抗生剤を処方される。副作用情報を集めるには、横須賀市と医師会が主体にならざるを得ない。

大学病院が実施する臨床研究の妥当性については、大学が設置する倫理委員会がチェックする。ノバルティスファーマの臨床研究不正から、最近発覚した東京大学医学部附属病院のマイトラクリップというカテーテル医療事故まで、倫理委員会の形骸化を指摘する声もあるが、第三者のチェックを受けるという意味で重要なステップだ。

行政の場合、倫理委員会に相当する役割を果たすのは議会だ。ただ、横須賀市に限らず、議会が、どの程度、チェック機能を果たしているかは心許ない。今回のように高度に専門的な政策を議会でチェックするには限界がある。

このような政策をチェックし、住民にとってよりよいものにするには、本気で考える人の知恵を借りねばならない。その点で横須賀市の対応は示唆に富む。情報開示を徹底し、様々な議論が起こっているからだ。

水野医師をはじめ、関係者が様々な媒体や集会・学会で状況を説明した(『胃がんリスク大幅減』横須賀市中2のピロリ菌検査」神奈川新聞2018年12月12日)。前出の反論もそのような状況から出たものだ。

賛否両論、メディアでも情報が配信された。例えば、『女性自身』は四月九日号に「中学生へ危険なピロリ菌検査、全国続々導入中」という記事を掲載した。ウェブでも公開され、SNSを介して広まった。多様な意見が出て、議論が進むことは健全だ。

反論がピロリ菌対策を加速することもある。北海道、佐賀県、長岡市、三浦市、高槻市、篠山市などの横須賀市と同様のピロリ菌対策を実施している自治体に注目が集まった。このような自治体では特に重大な副作用は生じていない。

行政の施策なので、当然、費用対効果も問われる。横須賀市は、中学2年生約3300人のうち、70人程度が除菌の必要があると予想している。費用は初年度の立ち上げを入れても1000万円程度だ。

呉共済病院の報告通り、約15%が胃がんを発症するとすれば、今回の施策により10人の胃がんを予防できる。一例あたり100万円だ。この金額をどう考えるかは、住民の判断である。

もちろん、これ以外にもピロリ菌に感染していなければ、将来胃がんを発症するリスクはほぼゼロであると認識することも大きい。家族に胃がん患者がいても、余計な心配をする必要がない。胃がん検診も基本的には不必要だ。政策の効果としては、このあたりまで考慮にいれるべきだろう。

横須賀市のピロリ菌対策は一部の専門家が密室で決めるのでなく公で議論が進んでいる。これからの公衆衛生行政や研究を考える上で示唆に富む存在である。

※1
国立がん研究センターがん対策情報センター 最新がん統計 参照

※2
国立がん研究センター 中央病院 サイト参照

文=上昌広

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