ミシェル・オバマ回顧録1000万部突破。「ロックスターにして政界のセレブ」元ファーストレディーの底力

ミシェル・オバマの回顧録「Becoming(ビカミング)」


「オーディブル版」はミシェル・オバマ本人が朗読

筆者は本書をオーディブル版(音声ブック)で聴いた。

ミシェル・オバマ本人の朗読だけあって、実父を失くした朝の描写では思わず読む声が詰まるし、トランプ現大統領がバラクの出生地疑惑(ハワイではなく実はケニアで生まれていて、米国大統領の資格がないとする説)を喧伝し、「家族を危険に晒した」ことを「決して許さない」と読む声は怒りに震える。

そして著者自身、本書中で「I’m a detailed person.(私は細部にこだわるタイプだ)」と繰り返しているが、その通りに記憶も確かで、描写は実に微に入り細にわたる。とくに本人でなければ回想し得ない小さな、チャーミングなエピソードが無数に散りばめられていて楽しい。たとえば、シカゴの法律事務所でのバラクとの出会いから、行きつけの店「ジンファンデル」での、膝をついてのオーセンティックなプロポーズ、ケーキと一緒に運ばれてきたエンゲージリングのこと。

結婚生活は常に満帆だったわけではない。子供が生まれた後、「帰るよ」のメッセージの後、寄り道してジムでエクササイズしていて帰宅が遅れたバラクに激怒したこと。不妊治療と体外受精の末、「ジンファンデル」に、生まれたばかりのマリアを連れて食事を取るようになった余裕のない日々。そして出産後、働き方を「週20時間」の時短に変えたものの仕事は忙しいまま、減ったのは給料だけで、失敗したと痛感したこと。

大統領選に出馬しますか、とメディアに聞かれたバラクが「これは家族の決断。ミシェル次第だ」と答えた時、「世界が私の答えを待っている(”It was on me.”)。もしかしたら世界を変えるかもしれない夫の大統領選出馬が、自分にかかっている。世界がかたずを飲んで見守っているよう」だったこと。覚悟を決め、夫の応援演説で国内を回り始めたものの、自らのとある一言が、選挙の動向に一筋の影を落としたことへの悔しさ。

大統領就任が決まった日の真夜中の風景の追憶はとりわけ感動的だ。防弾ガラスに囲まれて勝利のスピーチをする夫、見守る6900万人の聴衆たち、シカゴの湖畔の、11月にしては異例の暖かさと、やはり異様なほどの静寂の記憶。

続くファーストレディー「就任」後の毎日の描写も実にみずみずしい。たとえばG2サミットの晩餐でのエピソードと失敗、大統領専用機エアフォースワンで夫と出かけた、マンハッタンでのディナーデートのことなど。

「世界でもっとも厳重に守られた男となった夫」の身辺描写も圧巻だ。なにしろ外出の際には必ず、戦車を含む20台もの車に前後を護衛されるし、大統領専用車は外観こそ超高級リムジン車だが、中身は大砲装備の「戦車」だというのだ。さらにそこには、万が一のための「あるもの」も積まれていて……。
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文=石井節子

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