「われわれにできないことをできている、素敵な人たち」スマイルズの遠山正道がそう表現するのは、彼が知る若い世代のことだ。社内はもちろん、事業としてともに歩む泊まれるアート作品「檸檬ホテル」や、関連会社である一冊の本を売る本屋「森岡書店」、アイデアや行動力に富む素敵な人たちを、応援したくなると同時に彼らから学ぶことが多いと遠山は語る。しかし、まだ踏み出せない若者も多い。個人が多様な形で認められる時代、具現化のためのツールも豊富な時代、遠山の言葉を借りれば「ひっくり返せば当たりかもしれないカードがたくさんある」時代に、先輩からの言葉が気づきを与えてくれる。
次代を担う若者にフォーカスする30UNDER30 JAPANと、未開拓な領域を切り開き、自らが指針となる者をMark Makerとして選定するモンブランが、若い世代と足跡を残し先んずる者たちとをつなぐ。今回は、スマイルズ代表、遠山正道にその役目を依頼した。
若い人は羨ましい。「私たちの20代は経済が主役でした。高度経済成長から続く発展の時代においては、文化や個人よりも経済、日本という国の単位で考える時代でもありました。経済、国、組織というとても大きな単位で物事が進んでいたのです」
言わば団体種目とも言える日本全体が動くイメージだ。それが今では、経済の規模・環境が大きく変わり、主役(経済)不在の中で、大きな単位から個人の価値に注目が集まる時代になった。これが遠山にとっては「うらやましい」という。
「大変と言えば大変ですが、やりがいが感じられると思うのです。さまざまな技術や情報が圧倒的な量で獲得でき、個人の発想や行動がそのままチャンスに結びつくこともある。モンブランの方からお聞きしましたが、卓上型だった万年筆がポケットに入れられるものに生まれ変わり100年、車もその程度でしょう。わずか1世紀の間に大きなイノベーションが起き、今ではシンギュラリティが取りざたされるほどの圧倒的な進化の時代に、主役が団体種目から個人になることがあり得る時代なんですね。だからうらやましい」
新卒で三菱商事にいた遠山は花形企業ゆえに“時代感”の渦中にあった。組織人のひとりであった彼だが、実のところ少々やんちゃなサラリーマンだった。入社3年目には「おでん屋」を始め、30歳を超える頃には絵を描き個展を開催する。典型的なエリートとはかけ離れた全く別の顔だ。
「いろいろいきさつはあるのですが(笑)、現在のスープストックトーキョーと、若かりし頃のおでん屋、今思えばどこかで繋がっていたのかもしれません。『いっちょ暴れてみるか』という思いで始めたおでん屋ですが、当然リスクもあるし趣味の範囲を超えることはなかったレベル。経済主役の時代では、これが将来、自分のビジネスに変化するなど想像もつきませんでした」
そして遠山は、30歳を超え、〈個展〉を開く頃から大きく意識が変わる。
過去からつながる「何か」はインクの沁みのようなものだ33歳の時に、サラリーマンでありながら絵の個展を開く遠山だが、その“種”は20代にあったという。
「30歳を迎える年齢は、世の中が動く仕組みや、自分の役割などに気づいたりする頃です。そしてこのままでは自分が満足する人生にはならないと思ったとき、振り返ると、インクの滲みみたいなものがあった。じゃあこいつを何とか無理やりこじつけでもいいからときっかけにする。学生時代から趣味でイラストを描いており、雑誌や本の表紙などでも描く機会をいただいていたので、それで個展を開催しました」
遠山はこの行動には合理的な説明ができないと言う。絵の個展がいったい何のためになるのかと。
「確かに説明はつかない(笑)。でもそれでいいのです。合理的な理屈や説明から、自分をただ理屈にはめ込んで何かをやろうとしたら、たぶん、さらに大人たちの理屈で上書きされ、ぐぅの音も出なくなると思います。インクのシミも理由にはならないが、少なくとも何だか気になってしまう。人がつけたものではなく自分がつけたシミなのだから、取るに足らないものであっても宝物に変えていこうという理屈ではない思い。自分ごとにすることで多くの困難が突破できるのだと思います」
遠山が若者に手書きで伝える言葉の意味「自分の庭先」|モンブラン星の王子さまコレクションで書かれた遠山から若者へ送るメッセージ。同コレクションの万年筆は、世代を超えて学びを得ることで知られる〈星の王子さま/サン=テグジュペリ〉をモチーフとし、インクの色も着陸した砂漠のイメージであるサンドブラウンだ。30UNDER30 JAPANでは、モンブランが選出するMark Makerに若者たちへのメッセージをお願いしている。遠山のその言葉は「自分の庭先」だった。彼の示すその意味とは何か。
「スマイルズで大事にしている“自分ごと”という言葉があります。誰に言われるまでもなく、自分の役割を理解し、責任を持つことです。UNDER30の人たちには自分のやりたいことへの情熱や価値を見出すことを目指して欲しいのですが、それにはまず自分の庭をきれいに整えようと、そういう意味ですね」
それは実際の出来事にも現れている。
「他者への批判が溢れる昨今、自分自身はどうなのか振り返って欲しい。自分の庭を綺麗に整えて、それを各人が実行すれば街並み(コミュニティや企業)が良くなりますよね。そうでなければ、そんな街には住みたくもない。ビジネスでも、私が20代だったあらゆる単位が大きく豊かさが担保されているような時代ではすでに無いので、今はむしろ自分の庭をきっちり整えていれば、遠くからでも人は来てくれるんです。私も関わっている〈檸檬ホテル〉〈森岡書店〉もそう。檸檬ホテルは世界中から訪ねて来てくれる。自分の庭先というのが、比喩でもあり、リアルでもあるのです。」
なるほど、本来最も行動を起こしやすいはずの自分事を、あらためて整えてみようということだろう。それは個々が持つ得意分野という見方もできるのだろうか。
「得意とか自分の体験でもいい。スマイルズの新規事業は自分の体験にもとづくものが多い。ビジネスの規模や苦労は、いざ自分の立ち位置に戻る時に外の理由で始めていると戻れなくなりがちです。本やニュースで読んだから、とかね。鵜呑みにして自分事になっていないのです。とはいえ、私の言葉で言うなら〈出会い頭の恋〉のような突然の気づきはあり得るので、それは自分の中に取り込んで、自分の庭にしてほしいですね」
応援もするが、われわれも若い人から学びたい手書きに使用したモンブランの万年筆「星の王子さま」コレクション。この話は、メンターとメンティーの話でもある。
「ありきたりかもしれませんが、私とって父はメンターというか、月のような存在です。中国の故事にもあるように、月は人によって見える大きさが違う。ある種の憧れであった父は、大きく見え、そして時々私が見られている。見られていたらまずいな、満足している場合じゃないな、と戒められる感覚です」
今や、多くの若い人からメンターの存在だと言われる遠山だが、冒頭に触れた〈檸檬ホテル〉や〈森岡書店〉などの事例からは、「むしろわれわれにそのアイデアは出てこない」と言う。
「経営という縛りからは抜けられませんが、個人の単位だからできることがあります。会議室では拾えない動機や声が存在します。ある程度企業規模が大きくなるとそういう声がなくなるんですよね。だから逆にもう一回、私にアイデアや刺激を注入してもらいたい。万年筆のボトルみたいにね」
遠山は今、The Chain Museum(ザ・チェーン・ミュージアム)というアートと個人の関係をテクノロジーで変革させる小さくてユニークな美術館のプロジェクトに注力している。 ここでも、新しい才能やアイデアから刺激をもらい続けるのだろう。
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