「全米球場跡地巡り」に感じるロマン

全米イタリア系アメリカ人スポーツ殿堂博物館の展示品。

昨年冬、約10年ぶりにニューヨークを訪れる機会に恵まれ、マンハッタンの西47丁目にあるエディソン・ホテルに宿泊した。

僕はこのアールデコ・スタイルのホテルの1ブロック北にあるアパートに5年近く住んでいたのだが、このホテルにかつてジョー・ディマジオが暮らしていたことを知ったのは、ニューヨークを去った後のこと。以来、次にニューヨークに行くことがあれば、必ずこのホテルに宿泊しようと決めていたのだ。

ホテルのある地域はヘルズ・キッチンと呼ばれ、ひと昔前まではアメリカ大陸で最も危険な犯罪多発地域とまで言われていたが、今ではすっかり安全でお洒落なエリアに生まれ変わっている。

1931年のオープン以来、今日までホテル名を変えずに数々の有名人を迎え入れたエディソン・ホテルのロビーには、ディマジオが力強くバットを振る姿が描かれた絵があった。短期間ながらも、ディマジオが暮らした空間で過ごすことができ、また、真冬だったことも幸いして、非常にリーズナブルな料金で宿泊でき、大満足してしまった。

マフィアとの関係を噂されたスーパースター

ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、ミッキー・マントル、デレク・ジーターなど、ヤンキースの黄金時代を支えた名選手の中でも、ディマジオは、特異な存在だ。

「ジョルティン・ジョー」や「ヤンキー・クリッパー」などと呼ばれたこのスーパースターは、サイモンとガーファンクルの名曲「ミセス・ロビンソン」の歌詞やアーネスト・ヘミングウェイの傑作「老人と海」にも登場するし、私生活では、2人の女優、ドロシー・アーノルドとマリリン・モンローと結婚し、モンローとの新婚旅行では日本に来ているし、引退後は日本のプロ野球で臨時コーチを務めている。

ディマジオは、1914年にサンフランシスコ市の海岸近いラッシャンヒルで、9人兄弟の8人目として生まれた。父親はイタリアのシシリア島出身の貧しい移民で、アメリカ暗黒街のボスたちと同郷だったこともあり、ディマジオは、常にマフィアとの関係を噂された。

エディソン・ホテルから程近い西51丁目に、バーナード・トゥーツ・ショアという人物が1940年にオープンした「トゥーツ・ショア」というレストランがあった。ディマジオは、この店の常連客だったのだが、マフィアたちも頻繁にこの店を訪れた。また、乗馬好きのディマジオがシチリアン・マフィアから乗馬用としてプレゼントされた土地がシチリア島のプロ野球球団の本拠地球場(通称ジョー・ディマジオ・スタジアム)として使用されているという。

「トゥーツ・ショア」がオープンした翌年の1941年、ディマジオは、ライバルのテッド・ウィリアムズと共に、球史に残る大記録を達成した。ディマジオは、56試合連続で安打を打打ちまくり、ウィリアムズは打率4割を維持したままシーズンを終えた。メジャーリーグでは、ディマジオの連続試合安打記録は未だ誰にも破られていないし、ウィリアムズ以来、4割打者は誕生していない。

文=香里幸広

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