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地方の現場から見た教育の今


小学校プログラミング教育のねらいの1つとして、プログラミング的思考の育成があげられる。プログラミング的思考とは「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せかが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」と定義されているが、これは大きな意味で論理的思考に含まれると私は位置づけている。

問題解決の手順を細かく分け、そこで試行し修正して解決に向かう。日常の生活の中でもこうした考え方をする場面は多いのではないだろうか?そういう場面は、コンピュータを使わないケースが多いであろう。

なぜ、小学校プログラミング教育に関していろいろな意見が出てきやすくなっているのか。それは、世界各国で見られる「コンピュータサイエンス」とは異なるものだからだろう。

「コンピュータサイエンス」として、コンピュータ体験→プログラミングという学習の流れならどんなにスッキリするだろうとは思う。「コンピュータサイエンス」という教科を準備できず(これは「学習指導要領」が10年という長いスパンでつくられるため、新しい教科をつくるのに時間がかかるからだろうが)、既存の教科内容に「組み込む」という形にせざるをえなかった日本独自の問題である。

先にあげたような研究・実践集を実際に授業し、報告書としてまとめているのは、多忙を極めていると言われる、学校現場にいる先生方である。時間があるから研究しているわけではない。日常業務にプラスしてやっている。それだけでも先生たちにとっては負担・過重労働だろう。

そんな先生方の取組を否定するのはもちろん問題外(そういった方々とは、学校におけるプログラミング教育に対する考え方に「ずれ」がある)である。本来、学校の先生方の役に立てようと頑張っている人たちを後押しし協力してアドバイスしていくのが、「学校におけるプログラミング教育を支援していく人」の役割であろう。

少なくとも、小学校段階では、コンピュータエンジニアを育成する「エンジニア養成教育」ではない。将来に役立つ力を「学校活動全体を通して」つけさせていくうちの一部であり、「さまざまな可能性を子供たちに見せ気づかせていく」ことが、小学校でのプログラミング教育のあるべき姿なのだから。

文=望月陽一郎

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