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花王 代表取締役専務執行役員 長谷部佳宏氏

革新を起こす組織であり続けるために、企業がすべきこととは何か。花王の代表取締役専務執行役員、長谷部佳宏氏に聞いた。


人は育てるものではない

イノベーションを生み出す上で最も大事なものは、人である──。自身も花王に入社以来、研究畑を歩んできたイノベーターの一人である長谷部は、そう言い切る。

「最近はMOT(技術経営)やテクノロジーについて聞かれることが多いのですが、花王の特徴は、技術そのものよりも、技術を生み出す『人』の場づくりに注力してきたことなのです」

創造は、過去を否定することから始まる。新たなことをやってみようという強い気持ちがなければ、イノベーションは起こらない。そういう気概を持った人が自由闊達に研究できる環境をつくることが、実は、技術を生み出すことにつながっているという。

「人は育てるものではない。環境さえ用意すれば育ってくれるものなのです」

その環境に、まさに“花王らしさ”が表れている。

研究開発部門は、一般に基礎研究と称される「基盤技術研究」と、技術を実用化する「商品開発研究」が協働するマトリックス運営を軸としている。これにより、たとえばシャンプー用の開発原料を洗剤に応用するといった技術の横展開ができるのだ。


物質や現象の仕組みを解き明かす「基盤技術研究」が、花王のイノベーションの礎となっている。

また同社では、社内で行われているあらゆる研究内容を、所属部門にかかわらず、全研究員が自在に閲覧できる。

「基礎研究であろうと商品開発であろうと、すべての報告書や進捗状況を見ることができます。しかも、どのプロジェクトにも口を出せる。年間に十数回、研究発表会を実施していますが、そこでは研究者だけでなく、たとえば事業部の社員も参加し聴講することができます」

毎月200人の研究者が集結して大激論

なかでも特徴的なのは、月に一度の「I -マトリックス会議」だろう。“I”すなわち“私”自身が組織のマトリックスの中に飛び込んで、やりたいことを進める場にしようとの意図がある。

全国に2,500人ほどいる研究者が有志で集まる勉強会で、キャラバンのように和歌山、栃木、小田原、東京の各研究所を巡回して行われる。議論したい人は誰でも参加でき、毎月約200人が一堂に会する。研究グループは5人しか集まらないこともあれば、40人の大プロジェクトになることもある。

ネット時代に非効率的にも思えるシステムだが、これが、部門を超えたコラボレーションや技術の連携を生み出す場となっていると明かす。

「この会議は、20年以上続いている我が社の伝統です。コストはかかりますが、顔を合わせて議論をすることで倍以上の効果が生まれる。費用には代えられない共鳴が得られるということを、先人たちを含む経営陣が理解しているのだと思います」

そんな知の宝庫をあえてガラス張りにするという試みを、花王は社内のみならず、社外に対しても実施し、世を驚かせた。

それが、昨年11月に表明した「技術イノベーション発表会」だ。花王が開発した5つの革新的技術を公表し、自社の商品開発のためだけでなく、外部の企業や団体と連携して活用していくという取り組みである。

当初は、商品化する前に手の内を社外にさらけ出すことに対し、社内のあちこちから反対意見があがったという。

しかし、と長谷部は言う。

「話して真似される程度の技術であれば、大した技術ではないということです。技術をオープンにすることで、同志が見つかるかもしれないし、相乗効果を見込めるかもしれない。そう考えて、今回の決断に至ったのです」



効果は絶大だった。蓋を開けてみたら、予想以上に多彩な分野からコラボのオファーがあったのだ。技術の成長と応用の迅速化は、結果として、花王の社会的価値を高めることにもつながる。自分たちだけで囲い込まなくてよかった──今では社内でもそう捉えられている、と長谷部は語る。

「オープンイノベーションは今後も継続していく予定です。花王には、こうした基礎研究がまだいくつもありますから。今回の5つの新技術を皮切りに、世の中が驚くほど多くのイノベーションを発表していきますよ」

ベテランこそ若手社員から学ぶべき

そんな多数の研究成果を生み出す組織をマネジメントする上で、長谷部自身はどんなことを意識しているのだろうか。

「一番に、イノベーターが活躍できる場を邪魔しないことです。彼らが自由闊達に泳げる環境を提供する。その上でもうひとつ、意図的に行なっているのがチームの人選です。プロジェクトチームを組織するとき、通常はリーダーをまず決めて、そこから2番手、3番手を集めていきますが、私の独断で、個性がバラバラで、特定の分野の知見に秀でた“尖った人材”ばかりを結集させることがあります。そうすると、予想もしない化学反応が起こり、次々と相乗効果が生まれるのを目の当たりにしてきたからです」

長年にわたり研究開発部門を統括してきた長谷部だが、現在でも研究現場に刺激を受ける日々だという。

「私が入社した頃は年長者や経験者から学ぶことが圧倒的に多いものでしたが、今はその逆で、若い世代から学んだり、気づかされたりすることが少なくありません」


和歌山研究所の内部は意外なほど開放的。研究者たちが縦横に行き交い、フラットに意見交換をする。

若ければ若いほど、固定観念や先入観に縛られることがなく、自由な発想ができるからだ。また、情報の鮮度や技術進化のスピードが上がった今は、20〜30代社員のほうが最先端技術をキャッチアップする能力に長けており、アイデアへの応用も早くなっている。「学ぶべきは、むしろベテランの側だ」と謙虚に語る。

逆に変わっていないのは、イノベーターとなる人間の資質だという。

「技術革新を起こす人間は、花王の中でも志を大きく持ち、なおかつ突き進む力のある人です。今も昔もそれは変わりません」

なぜその開発をするのか。どういう思いでその研究を行うのか。その共有化が、オープンイノベーションの骨格になっていると語る。

「どんな理想を持ち合わせているかで、ポテンシャルのある人間が集まるかどうかが決まると考えています。たとえば、新開発の洗浄技術『バイオIOS』や『AC-HEC』、世界初の人造皮膚『Fine Fiber』の研究は、それが具現化した実例です。志や理念があるところに人は集まる、私はそう信じています」

でしゃばる人間をありがたがる文化を

さらなるイノベーションの連鎖を生み出していくために、どんな課題を掲げているのだろうか。

すると、「サイロ化を生み出さないこと」との答えが返ってきた。情報共有や連携をせずに組織の中で孤立化すると、イノベーションの創出が阻害されてしまう。これは研究部門だけでなく、マーケティングや生産の現場でも同様だという。

「サイロ化を解消するには“でしゃばる文化”をつくることです。でしゃばる人間を煙たがるのではなく、むしろありがたがる、そんな文化をつくる。でしゃばって嫌われることもあるかもしれませんが、最後に結果を出せばいいのです。そんな“でしゃばる文化”を推奨していきたいと考えています」
 
実際、花王には昔から、上司に臆せずモノを言える風土があるという。

「進行中のプロジェクトについて、若手研究者に私が『教えてよ』と迫っても、『それはまだ秘密です』なんて断られることも。でも、それでいいと思うんです。その心意気が、現場の研究員の矜持ですから」

長谷部 佳宏(Yoshihiro Hasebe)◎1960年生まれ。東京理科大学工学部工業化学科博士課程修了、工学博士。90年、花王に入社。基盤研究セクター長、エコイノベーション研究所長などを歴任し、2014年に執行役員。19年3月より代表取締役専務執行役員。

長谷部氏が語る、花王らしい「人」と「場づくり」から生まれたともいえるイノベーティブな新技術「AC-HEC」。その開発者たちの熱い想いや、技術が生まれるプロセスについてはこちらでご紹介しています。

Promoted by 花王 / 文=三井三奈子 ポートレート写真=吉澤健太 記事内写真=大中 啓

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