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ダイソン創業者、ジェームズ・ダイソン

一聴すると凡人には常識外れに思えることをとにかく諦めずに続け、いくつもの挑戦の中からたったひとつの金脈を見つける偉人のクレイジーとも言える熱狂列伝を3回に分けて紹介しよう。




自宅ガレージで改良を繰り返し、資金難や盗作など様々な苦難を乗り越え5127台の試作品を経て誕生した紙パックのいらないサイクロン式掃除機。その後も機能的でスタイリッシュな羽根のない扇風機、加湿器、空気清浄機、デスクライト、ハンドドライヤーやヘアドライヤーを発表するジェームズ・ダイソン。

全く新しい機能や操作性に加え、“デザイン家電”という概念を世に広めた立役者でもある。彼が唯一しないことは、アドバイスだ。なぜなら人と違うことをするのにアドバイスできる人はいないからだという。

そして、今、EV時代に先駆け、各業界がダイソンの全固形電池に期待を注ぐ。曰く「電池は意外と刺激的でセクシーだと思う」。デザイン家電の風雲児は「不可能と言われる課題に挑戦すること」にエレガンスと官能を感じるようだ。



1936年、ハンガリーのユダヤ人家庭に生まれ、時代に翻弄されつつ20歳で米国に亡命。ニューヨーク市立大学で学位を修めた際「難民が主席で卒業」と新聞記事にもなる。その後、かのインテル躍進の中心に。これはグローブが「早回し」で鉱脈に辿り着ける人物という証左である。

50年代のこと、予防接種を受ける際に彼は迷わず黒人医師の列に並んだ。人種差別が色濃く残る時代、医師にまでなるのは特に優秀なはずだ、との読みだった。こういった、常識ではなく観察眼を後ろ盾にした判断は、後に多くの破壊的改革を生み出した。

彼は「後腐れない激しい議論」を特に好み、時に怒りも利用し、議論を加速させ、結果に辿り着いた。そんな彼が組織を崩壊させる独裁者にならなかったのは、平等を重視し、異なる意見を尊重したことによる。



「個」によるモビリティの代名詞、自動車を創ったのはドイツのゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツである。ちなみに別々に研究をしていた彼らが、ほぼ同時期に発明に至ったのは偶然だった。当時のエンジン、つまり内燃機関はといえば、産業で使われる巨大な定置式が当たり前の時代。それを超小型化して動力に用い、人が乗って走ろうという発想はかなり斬新だった。

19世紀末、ゴットリープ・ダイムラーは列車による旅行の最中、そのあまりの混雑さと不自由さに、個人による気ままで快適な旅行を夢想したのが端緒と言われる。初期のダイムラーの研究は温室を改造した小さな工房で行われたが、あまりの熱心さに違法品の密造を疑われ、当局に踏み込まれたりもした。クルマという世紀の発明も、例に漏れず小さな小屋と若者の夢から始まっている。



アリババの会長、ジャック・マーは、小学校から高校まで成績は常に平均以下。大学入試でも数学はたったの1点で、2浪の末にやっと合格する。

半面、英語はすこぶる上手で帰国子女と間違えられるほどだった。BBCなどの英語ラジオを徹底的に聴き、自宅から自転車で40分離れているホテルに毎日出向いては、外国人に話しかけまくるという武者修行を7年間も続けた。

優等生とは言えないマーは大卒後の就職もままならず、得意の英語で「海博翻訳社」という翻訳会社を起こすが、当初は家賃も払えない経営状態で、やむなく卸売市場から衣料品、生活雑貨を仕入れては転売し、やりくりしていた。しかしこの経験が零細ネットショップの集合体というアリババに生かされていくのだ。海博翻訳社も順調に拡大、今では杭州市最大の翻訳会社に成長した。

文=三井三奈子 写真=Getty Images

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