AIベンチャー海外進出の「泥臭い」リアル


社内の誰も成功を信じていなかった

当時のABEJAにとって、海外進出は「賭け」にも等しいくらいの新規事業でした。社員はまだ30人に届かず、国内事業の柱となる小売り向けサービス「ABEJA Insight for Retail」が立ち上がり、今の中核事業である「ABEJA Platform」も、その構想が実り始めたばかりの時期でした。当時、いつ利益が出るかわからない海外事業が成功するとは、社内の誰も確信していなかったと思います。

国内の事業と財務全般を担当するCOO兼CFOだった外木が、海外事業に専念することや、海外に駐在することへの異論も当然ありました。海外に身を置きながら国内事業で何か起きれば、その責任は外木が負うことにもなります。

それでも、「自分たちが信じてやらないと、この話(海外事業)は消える」と、覚悟を固めました。

海外でビジネスを広げていくには、戦略を練るだけではなく、現場で予期せぬ困難に出会ったとき、泥臭く立ち向かう必要も出てきます。

入社してほどなかった私は、覚えたての英語を使いながらの試行錯誤が続きましたがなかなか成果が出ず、自信が持てずにいました。その上、海外展開への反対意見も一部で出ていた状況。だから自信の無さを周りに見せてもいい影響はありません。それゆえ、気丈に振る舞う日々でした。振り返ると、このときが一番苦しんでいた時期だったように思います。

シンガポールには外木自身が駐在すると決め、取締会の承認を得ました。私は引き続き東京に残り、テレビ会議や業務用チャットSlackなどでつながりながら、業務を行うことにしました。

日本とシンガポール、どっちつかずの状態が続いていた間は、外木自身にも葛藤が生まれたようです。この時期を「経営者として最も強くなった1年だった」とも振り返っていました。ただ、意思決定ができる役員自ら現地に駐在するというこの時の決断が、のちにABEJAシンガポールの成長に大きな影響を与えることになりました。詳しくは後の回で紹介しますが、スピーディーに意思決定でき、全社レベルで目線を合わせるための旗を振りやすい経営者がコミットしたことが生きる場面が出てきました。


外木がシンガポールに発つ前、メンバーのメッセージが書き込まれたたすき=2017年3月 

文=夏目萌

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