ビジネス

2019.05.09

現場の感情に向き合う「的野イズム」が支えるスタートアップシティ・福岡

福岡市 的野浩一

福岡のスタートアップがますます加熱している。

2012年に打ち出された「『スタートアップ都市・ふくおか』の実現を目指す」という宣言から7年が経った今、毎月のようにスタートアップのイベントが開催され、2016年には開業率で3年連続1位を達成した。

福岡市がスタートアップ都市として独自のポジションを確立した背景には、一人の市の職員の存在がある。福岡市の的野浩一だ。

「スタートアップ都市・福岡」の認知が高まるにつれて、様々なメディアでも取り上げられるようになった的野だが、そのキャリアは決して華々しいものではなかった。むしろ泥臭く、市民の感情にひたすら向き合ってきた的野には、「現場主義」という表現がふさわしいだろう。

市民の苦情処理からスタートした的野のキャリア

大学で建築を専攻していた的野には、市役所に入る選択肢の他に、実は民間企業に入社するという選択肢もあった。場所は福岡ではなく、東京。しかも誰もがその社名を知るような大手企業である。なぜ東京での就職ではなく、福岡市役所でのキャリアを歩むことになったのか。

「それまで東京にでたことがなかったのでまずは試しにと、大学最後の年に1ヶ月ほど東京で暮らしてみたんです。毎朝の通勤ラッシュ、人混み。東京での生活は自分には合っていないと感じたんです。そこで福岡で働くことに決め、福岡市役所への入庁が決まりました」

的野が入庁してまず最初に感じたのは、市役所が縦割りな組織であること。採用試験の試験の成績で配属先が決まり、その後の役所でのキャリアもある程度決まってしまう。

他の同期は法律分野や、行政分野、建築分野のなどに配属になった。

一方の的野がは役所の組織から離れた団体、つまり外郭団体の配属で、担当したのは用地買収の業務であった。

「高速道路や公共施設を建てる際、市民から土地を買収する仕事で、日々住民に頭を下げ、怒られたり、時には泣かれたりする仕事です。市民の感情に、直接触れるような仕事だった。思えば、現場主義のスタンスはこの頃に出来上がったのかもしれません」

今でも思い出すのが高速道路の建設だ。高速道路の柱を建設する際、土地を10メートルほど深く掘り進めるのだが、そうすると地面が傾くこともある。周囲に家屋がある場合、窓が開かなくなってしまったり、水道管から水が漏れてしまうこともあるという。そうした住民からの苦情は原因である工事担当者ではなく、的野が苦情処理担当として受けることとなっており、損害賠償の交渉など、現場でそうした市民の生の感情にひたすら向き合ってきた。
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文=大木一真 写真=小田駿一

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