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妙心寺退蔵院の松山大耕副住職

成瀬:この取り組みもそうですが、僕が「ON THE TRIP」を立ち上げようと思ったきっかけも、大耕さんが感じている課題感に近いです。昔、アラン・ド・ボトンの著書『旅する哲学』を読んだら、あとがきにすごく面白いことが書いてあって。

「21世紀の旅人たちの不幸はデジタルによって画像が氾濫し、事前にどのようなものか分かった上で訪れることにある。その分、生の体験が失われる。だが、まだ秘境は残っている。それこそ、わたしたちの感受性だ」と書かれていました。つまり、本当の絶景は人々の感受性にあり、その場所の物語を知るなど感受性の揺れ幅によって得られるのではないか、と思ったんです。

例えば、ここ退蔵院の美しい桜も初めて見たら驚くはずなんですけど、事前に知った上で訪れると驚きが少なくなる。江戸時代や平安時代に比べたら、既視感によって生の感動は薄れてしまうかもしれないけど、感受性の揺れ幅を誘発するトリガーを作れれば、そこがその人にとっての絶景になる。そう思い、今回のプロジェクトを思いつきました。

禅のお寺にあめ玉が置いてある。これだけ聞いたらよく分からないと思います(笑)。意外と手軽に体験できるけど、奥が深い。このギャップが面白いな、と思ったんです。

真剣にひとつのことに集中する。そして、センスが磨かれる

松山:真剣にあめ玉をなめる経験はしたことないですよね? この「真剣」というのがすごく大事なんです。例えば、私はよく企業向けに研修をやっていて、多くのビジネスパーソンが修行体験をしています。その研修では、どれだけ立場が上の人でも裸足になって雑巾掛けをして、板の間で正座しながらご飯を食べ、坐禅をする。その研修の感想として多く寄せられるのは、「ご飯がこんなに美味しかったのか」という声です。

もちろん、精進料理なので高級食材は使っていませんし、お出しするのは野菜だけの料理です。でも、みんな美味しいと言う。それはなぜか。ご飯を食べることに真剣に向き合っているからです。私たちは普段ご飯を食べる際、テレビを見ながら、スマホをいじりながらご飯を食べている。真剣にご飯に向き合っていません。でも禅の修行では、一言も話さず、姿勢を正してご飯に向き合う。そうするとご飯の旨みや甘み、香りがすごくわかるんです。

きっと禅や瞑想をやってみようと思って、やってみるけど、雑念ばかりが頭に浮かんでしまう。多くの人は、そもそも雑念が浮かんでいることすら分からない。だからこそ、真剣にひとつのことに集中して取り組むことで、いろんな気づきがある。そして、それがセンスを磨くことにつながっていくんです。



成瀬:センスを磨く。たしかにそうですよね。

松山:個人的な感想を言わせてもらうと、いまの多くの企業は中途半端なものしかつくっていない。その一番の原因は企業にとって、最も大切な部分をアウトソーシングしているから。例えば、新しいラーメンをつくろうと思ったら、ほとんどのラーメン屋はマーケットの調査から始める。そうすると、まずくないラーメンができるわけです。

でも、本当に流行っている美味しいラーメン屋はそんなことしない。マーケット調査はせず、自分でラーメンを食べ歩き、自分が美味いと思ったものを出す。この「俺が」が大事。自分がうまい、と言えるかどうかは最終的にセンスによるものなんですよね。

成瀬:僕は「エモい」と「キモい」は紙一重だと思っていて。「ON THE TRIP」を始めたときも意識したのは、エモさであり、ストーリー性です。世の中にある一般的なガイドは何年につくったか、誰がつくったかが載っているだけで、それは情報なんですよね。

僕たちが伝えたいこと、つまり訪れた人たちが知りたいのは裏側にある「ストーリー」。だから、「ON THE TRIP」のコンテンツはかなり時間をかけて作っています。最初のガイドはあまりにも感情を込めすぎてしまい、かなりエモい仕上がりになりました。

最初は80人が「キモい」と思うのではないかと恥ずかしさもあったのですが、残りの20人が「すごい」と思ってくれたら、それでいいんじゃないかと思ったんです。誰の感情も動かさないコンテンツを作るくらいなら、20人に受け入れてもらえるコンテンツを作る。それが心に残り、ファンになってもらえる。必要なのは大多数のいいねではなく、たった一人でも心の感受性を揺れ動かすこと。これは、大耕さんの主観の話に通じるかなと思いました。多くの人の声を聴きすぎてしまった結果、陳腐化することも多い。

構成=新國翔大、写真=ON THE TRIP提供

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