フォーブス ジャパン ウェブ編集部編集長

6. 「信じる神様が違うのだ」と俯瞰する。 



職場や家庭内、仲間うちなど、無意識のうちに「狭い範囲の常識」に照らし合わせて怒っていることがある。所属するコミュニティの中での常識や流儀にとらわれて「信じられない」「普通ならこんなことはしないだろう」「常識から考えてありえない」などと憤り嘆く前に、「本当にその常識を押し付けてもいいのか」と考えてみたい。

例えば筆者は新聞社→ウェブメディア→出版社(Forbes JAPAN)と転職してきたが、同じメディアでも、ここまで「流儀」や「常識」が違うのかと驚く。具体的には、新聞社では編集部門と広告部門には明確な線引きがあり、互いの接触すらも少ないが、出版社では編集者が広告を手がけることもある。

大企業の社員がスーツ姿でスタートアップ企業に行くと、カジュアルスタイルの社員に囲まれ、なんとなく居心地の悪さを感じることがある。逆もまた然りだ。

世の中にはさまざまな「神様」が存在する。「どれが正しいか」ではなく、それぞれが見出してきた神様であり、流儀であり、それぞれのクラスター内において正しいのだ。そして今後、時代や環境に合わせて変化し得ることでもある。 自分たちの「常識」を他のクラスターの相手に押し付けて怒ることは不毛である。時に「常識外れ」がイノベーションを生むこともあり得る。

7. 自分に期待する。

1で述べたように、他人に勝手に過剰に期待を寄せたうえで、その期待が裏切られたことに怒りを感じるのは合理的ではない。ではどうすればいいのか。自分に期待し、自分でその期待を裏切らないようにすればいいのだ。

自ら手を動かし、インプット/アウトプットに熱中する。うまくいかず悔しい思いをすることもあるが、それも自分のことだから納得できる。

8. 大切な人のことを考える。

誰もがコミュニケーションやタスクに、無意識のうちに優先順位をつけて対応している。周囲の全員が自分のことを大切に思ってくれているわけではないと理解しつつも、自分の存在が蔑ろにされたり、自分に関連するタスクが後回しにされていたりすることに気づくと、怒りや悲しさを感じるものだ。

そういうときは自分を大切に思ってくれる人に思いを巡らす。一緒に過ごし、話を聞いてもらう。親や兄弟、配偶者、親友、ペット。自分を第一に考えてくれる存在がいることを再認識することで、自分自身を取り戻す。

自分が怒っている時だけでなく、貰い事故のごとく理不尽に「怒られた時」にも効果的である。たまには味方が必要だ。 

9. その怒りは「執着」かもしれない。物理的に距離を置く。SNSのフォローをやめる。

どうでもいい人に対しては、どうでもいい扱いをするものだ。多少気になる言動があったとしても、わざわざ激昂したりしない。

どうしようもなく相手が気になるから、一挙手一投足が気になってしまい、思うようにいかないとイライラする。SNSで相手のタイムラインを見ては、不快な思いをする。自分でわざわざ怒りの材料を探しに行っているようなものだ。それは愛情や執着の裏返しではないのか。

しばらく相手のSNSをミュートする。物理的に席を離れるなどして距離を置く。「なぜ私はあんなに怒っていたのだろう」という境地に至るかもしれない。

10. それでも、嫌われる覚悟で一度思いきりぶつかってみる。

相手を変えようとするのは驕りかもしれない。相手に怒りをぶつけても、結局のところ自分が嫌われるだけかもしれない。それでも、本当に相手が大切な存在であるなら、一度相手に怒りをぶつけてみるのも一つの選択ではある。

その際、相手に対し攻撃しよう、復讐しようといった心持ちでぶつかっても、あまり良い結果にならない。「私とあなたのために」「今後のために」と前向きな思いを伝えた上で、丁寧に怒りを因数分解して伝えることが、相手の理解につながる。

以上10点、思いつくままに挙げた。何より大切なのは、自分のため、相手のため、周囲のために「怒りの感情を早く取り除く」こと。より良い方法がある、という方は、ぜひご教示ください。

文=林亜季

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい