経済・社会

2019.05.03 10:30

中世ヨーロッパの歴史から見る「EU崩壊」


振り返るほどにヨーロッパは複雑極まりない地域である。

遠くローマ時代の末期から、50を超えるゲルマンの各部族がこの地域に散開していた。中世の王族、諸侯は相互に婚姻を通じて網の目のような親戚ネットワークを張り巡らした。中世伝承文学の傑作、イギリスの「アーサー王物語」でも重要な舞台はブルターニュである。イギリス名誉革命で追放されたジェームズ2世の従弟はルイ14世だった。オーストリア・ハプスブルク家のマリー・アントワネットはフランス・ブルボン家に嫁いだ。つまり、現在のEUの人々、とくにエスタブリッシュメント層はお互いに親族のはずである。


奇妙に静寂感漂うドイツの金融都市

ところが、このヨーロッパで戦争が絶えなかった。中世からルネサンス期には、十字軍やレコンキスタ運動などの反イスラム戦争、14世紀から15世紀は英仏百年戦争、息もつかせずイギリスでバラ戦争、17世紀はドイツの30年戦争と、どれも長く陰惨だ。宗教改革に伴う局地紛争や農民の反乱は数知れず。近世から近現代でも、第二次世界大戦終結にいたるまでは、戦乱が絶えることがなく、いちいち書き切れないほどである。

要は、親族間で、血で血を洗う歴史を紡いできたのがヨーロッパだ、といえなくもない。

20世紀の2度にわたる世界大戦は、ヨーロッパが主戦場だった。両大戦でヨーロッパの歴史的凋落が決定的になってしまった。第二次世界大戦後の、共同体誕生への原動力は、こうした大戦への反省と後悔だったと言われる。確かに直接的にはそうだろうと思うが、実はより深いところに、親族たる「ヨーロッパ人」の親族会議を作って仲良くして行こう、喧嘩をするにしても早めに仲直りできる仕組みを作っておこう、というDNAに根差すようなインセンティブが強かったような気がする。

そして親族会議が次第に発展拡充して、お互いに交換不要で使用できるおカネまで誕生した。共通通貨ユーロである。親族が住む地域内では関所や通行証なしで自由に往来できるようにもした。シェンゲン協定だ。

20世紀から今日までは、科学技術発展の時代である。第三次産業革命から第四次産業革命、いまや第五次に移行しようとしている。これはヨーロッパルネサンス期から近代に似ている。

ガリレオ・ガリレイ、トスカネッリ、コペルニクス、レオナルド・ダビンチ、グーテンベルク、ケプラー等々からニュートンやローレンス・ハーベイまで、200年ほどの期間が輩出した多くの傑出した人材は、人類社会を段違いに発展させた。思想面でも、新しい哲学や人権概念の明確化、経済学の萌芽などが見られた。まさに、人類の黄金期の一つに見える。

ところが、である。この黄金期に発刊され、ヨーロッパで大ベストセラーとなった書物がある。『魔女に与える鉄槌』だ。同書は、魔女の定義や能力、魔女の悪行の数々、魔女狩りの方法から魔女裁判と、従前の魔女関連専門書や「知見」を集大成したものと言われる。実は、諸科学発展と人権思想が華を咲かせた同じ時代のヨーロッパには、残忍な魔女狩りの嵐が吹き荒れていた。しかも魔「男」は寡聞だ。魔女は女性なのである。封建領主の処女権など、およそ現代では想像できない女性差別が大手を振って罷り通っていた。

理性の産物である科学と非理性の極みとも思える魔女狩りが、迷いもなく同居していたのである。つまり、人間や人類社会は、実に危うい存在なのだ。

今の世界はどうか。ICTだ第5世代技術だ、宇宙開発だ、と現代科学の成果を誇らしげに掲げる一方で、酸鼻を極めるテロが横行し、およそ理性的とは思えないポピュリズムの蔓延、国内外の深刻な「分断」が拡散している。現代人のレベルは、中世を生きた人々と本質的に変わらないのではないか。人類は進歩していないのだろうか。

この矛盾は、とくにヨーロッパで集約的に表れているような気がしている。日本は、不条理な隣国群に悩まされ続けており、彼らへの対応に右往左往させられている。約束は守らず、理性も通じないような相手たちだ。それゆえ、ヨーロッパどころではないし、かの地の現状については、どこか他人事感がある。


何ごともないように、人々はロンドンを行き交う

だが、たかだか半日で着く距離の地域である。昨今の革新的技術は思想やセンチメントの伝播をも、加速度的に速くかつ深度あるものにしている。今日のヨーロッパは明日の日本、アジアかもしれないのである。

私は、ヨーロッパ経済の専門家ではないし、まして欧州史に特別な知見を持っている者でもない。だが、長年海外に足しげく通っていると、どうにも不安が拭えない。なにか言っておきたい。とりわけ、このとんでもない時代に、わが国の人々は、あまりに呑気なのではないか、と憂慮している。き

ちんとした意味での日本の国益を見据え、その戦略策定を急がなければならない。それも一部の政府関係者やビジネスパーソンだけではなく、広く国民全般が意識を持つべきだと痛感している。

こんな思いで、以降、一出張者から考えるヨーロッパ、アジア、アメリカについてお話しさせていただきたいと願っている。しばしお付き合いいただけると光栄である。

文=川村雄介

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