世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版


柴田は、大学卒業後、10年近くロックバンドをやっていた元ベーシスト。世界各国にツアーに出かけ、エアビーアンドビーやシェアリングエコノミーも早くから知っていた。

楽しいことが好きで、会社で働いた経験はないが、心斎橋のライブハウス3棟の経営や貸しビルなどの不動産業も営んだ。30代半ばでそれまでの事業を売却して、四国に来た。

夜、静まり返ったうだつの町を見て、柴田はバーをつくろうと決意する。「宿付きのバーをやれば大阪のバンド仲間とか、人が集まると思ったんです。ライブハウスをやっていた時と同じ。どうすれば人を集められるかはわかっていました」。

言葉通り、宿は人気になったが、地元では、客が増えるのを喜ぶ声ばかりではなかった。「外国人観光客は困る」「(柴田も)いつか大阪に帰るだろう」と言ってくる人もいた。そんな時、柴田は反論するでもなく、一緒に酒を飲んで話をした。

「柴田さんの話を聞いて、人が変わっていくんです」と話すのはナカガワ・アドの中川和也。地元で広告印刷業を営む3代目社長だ。柴田に触発され、使われなくなった機械が残る同社の活版印刷工場をリノベーション。企業や団体の視察が相次ぐ複合型ワーク施設をつくった。

ハンモサーフィン協会の施設に併設されたカフェでマスターを務める大北亘は「柴田さんは行動で周りを変える。見ていて自分も頑張らないと、と思うようになった」と話す。隣町出身の元和菓子職人。病気で無職になった時に柴田に誘われた。最初は同協会から格安で場所を借り、軌道に乗った後に現在の場所に移った。

19年2月に開設された同協会のオンラインプラットフォームには、四国を中心に全国25の拠点と会員300人以上が登録する。

柴田は何者なのか。肩書きだけでは想像が難しい。バンド活動、ライブハウスのコンサルティング業も続ける、自らは「なんでもやる百商です」と説明する。

「いまは兼業の時代。僕のように、個人が百姓ならぬ百商になって、百の商いを持ち、百の経済圏に所属する時代がやってくると思います。コミュニティは、関わる人口の集合体です。百の経済圏に所属する百の百商が集う『百商百経』は、壮大な世界になると思うんです」(柴田)

ハンモサーフィン協会やその他の様々なプロジェクトは、この「百商百経」を支える、リアルとバーチャルの仕組みになる。

18年に始めた「地域仮想通貨プロジェクト」では、ブロックチェーン技術を使って、ウダツアップが開発中の完全招待制のSNSやハンモサーフィン協会で使える独自の通貨を発行。独自の経済圏づくりが始まった。

「話をすると『狂ってますね』『変態ですね』って言われますよ」と笑いながら話す柴田は、もちろん本気だ。

「うだつ」とは商家の切妻屋根の隣家との間に設けられた防火壁のこと。江戸時代に自分の家の火が隣に移らないようにと広まり、後に装飾的な意味合いが強まって、商人が富の象徴として競い合って造った。「うだつが上がる」の語源でもある。

百商百経は、お互いを思いやりつつ栄華を極めたうだつのように、皆が助け合って共存共栄する世界だ。

ハンモサーフィンに似たサービスが日本でも最近増え始めた。「増えるのは嬉しい。自分たちの一つのプラットフォームが世界を牛耳るより、面白いプラットフォームがたくさんある方が絶対いいから。だってそっちの方が楽しいやん」

文=成相通子 写真=小田駿一

PICK UP

あなたにおすすめ