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フォトジャーナリスト 安田菜津紀

イラク・シリア・ヨルダンで戦火を逃れて生活する人々やカンボジアのHIV感染者の村、陸前高田の漁師たち。フォトジャーナリスト・安田菜津紀の写真は、取材対象者への強く優しい眼差しを感じさせる。

「あなたのことが知りたい」。取材対象にひたむきに寄り添う姿勢は、多くの人の心を動かしてきた。東日本大震災後は定期的に被災地に足を運び、復興の道筋をカメラに収める活動にも取り組む彼女の「心の扉の開き方」を探った。

──紛争地域や被災地などで、住民の暮らしや今を伝える写真を数多く手がけています。取材先はどうやって決めているのですか。

出会いやご縁が基本です。一時期、頻繁に通っていたウガンダも、支援団体の後押しを受けてウガンダから来たエイズ孤児の留学生と仲良くなったことがきっかけでした。友人として、彼女が背負ってきたものや強さの源泉を知りたいと思ったのです。イラクやシリアも、人との繋がりが最初です。顔の見える存在が、遠い地との心の距離を縮めてくれる、という感覚です。

取材者として客観的に伝えなくてはいけない事実もありますが、最終的に通い続ける、やり続ける原動力になるのは義務感ではなく、「あの人にもう一度会いたい」という気持ちです。

──最近は、食文化を入り口に世界の問題を伝える活動もしています。

食は私を含め、多くの人が興味を持てるテーマだからです。特に難民や紛争の問題は、爆撃など危険なイメージが伴うため、興味がない人たちを遠ざけてしまいがちです。どうしたら自然な形で「知りたい」と思ってもらえるだろうと考えたとき、食文化に行き着きました。

きっかけは2018年3月、シリアのとある町にある食堂でのことです。現地には戦争状態が続いている地域がある一方で、少しずつ日常を取り戻している人たちもいます。そんななか、取材の腹ごしらえにと足を運んだ食堂でファラフェル(つぶした豆を丸めて揚げた料理)を食べていたら、お店の人たちが周りに集まってきました。

「どこから来た?」「良かったら厨房を見ていかないか?」。そのうち「これも食え、あれも食え」と。その瞬間、どっと涙が溢れてきました。私はこの、全力のおもてなしを知っている。内戦前に通っていたシリアの人たちの姿と、なんら変わっていない。あの頃に出会った人たちの顔、市場の雑踏。様々な記憶と感覚が一気に蘇ったのです。そのとき改めて実感しました。食というのは、そこに宿った尊い記憶を呼び起こしてくれる大切な文化なのだと。

今、あるウェブ媒体で、日本にいる難民の人たちに故郷の味を再現してもらう連載を手がけています。いきなり「紛争の話を聞かせてください」と言われると強張ってしまう人たちも、食について尋ねると笑顔で話してくれることがあります。そして、食文化について楽しく語らいながら、「食べたとき、どんな思い出が浮かびますか」「思い出が詰まっている故郷を、なぜ離れなくてはならなかったのですか」と、記憶を辿る階段を少しずつ登っていくのです。

食文化が、取材を受ける側にとっても読者にとっても、無理のない心の道筋になってくれるよう心がけています。自分と取材を受けてくださる方が「おいしいね!」と、味を通して分かち合ったわくわくを読者に共有できたら、「知りたい」という扉がぐっと開くと思うのです。

構成=瀬戸久美子 イラスト=Kyle Hilton

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