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NPO法人アシャンテママ代表 栗山さやか

アフリカ南東部に位置するモザンビークとマラウィに、貧しい子どもたちの生活や教育を支援する施設がある。運営するのは東京・渋谷にあるファッションビルの元ショップ店員で、ガングロギャルだった栗山さやか。アフリカで活動を始めて約12年。その活躍が認められ、2016年には公益財団法人社会貢献支援財団の日本財団賞を受賞した。

14年来の親友の死をきっかけに「生きる意味」を考え、25歳からバックパックを背負い約60カ国を旅した。行く先々の病院などでボランティア活動を行い、貧困や病気で苦しむ人たちを励ます日々を過ごしたのち、09年にモザンビークで女性や子どもを支援するNPO法人アシャンテママを立ち上げ、現在は30人の国際チームを率いる。日本人として初めてモザンビークの医療技術師の資格も取得した。圧倒的な行動力で突き進めるのは、未来への強い願いがあるからだという。

──NPO法人アシャンテママを設立してから、今年で10年。現在の活動内容を教えてください。

モザンビークとマラウィの貧困地域に暮らす500人以上の子どもたちに支援プログラムを提供しています。具体的には、教育が十分に行き届いていない貧しい子供たちに読み書きを教えるための施設の運営や給食の提供、生活指導、医療援助などです。また、身分証明書を持っていないという理由で政府の学校に通えない子どもたちに対しては、証明書の取得や政府の学校への入学手続き支援なども行っています。

──現在の活動に至る背景を教えてください。

親友の死をきっかけに仕事を辞め、単身で世界を巡る旅に出ました。インドや東南アフリカ諸国の病院などでボランティア活動をし、エチオピアでは子どもたちの人生が終わっていく最期の日々を看取りながら、命の尊さについて考え続けました。その後に訪れたのが、現在の拠点の一つであるモザンビーク北部の貧困地区でした。そこには厳しい生活を送る人々が大勢いました。本当の貧困とはこういうものなのかと、世界で起きている現実を目の当たりにしました。

安全な暮らしができること。食べる物に困らないこと。教育を受けられること。具合が悪くなれば病院にも通えること。日本では当たり前だと思っていたことが、どんなに貴重でありがたいことだったのかと、初めて気付かされました。

仕事を辞めて日本を離れた自分には、自由になる時間がある。これからも続くであろう人生の一時期を、困っている人たちのサポートに当てることができればと考えました。そこで貧困やHIV感染、障害や病気などで苦しむ女性たちに医療知識を教えたり、子どもたちに読み書きの機会を提供したりする目的で、09年にアシャンテママを立ち上げたのです。

また、医療行為を通じて命を落とす人たちを少しでも減らすことができればと、15年にはモザンビークの国家資格「医療技術師」も取得。翌年、マラウィにもアシャンテママを設立しました。スタッフの数は合計30人ほどです。

構成=瀬戸久美子 イラスト=Kyle Hilton

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