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ニューヨーク在住ジャーナリスト / NYC-based Journalist


──大半の人は「仕事」に情熱を注がないほうが賢明だと指摘されています。取材対象者の中には、自分の職を単なる「Job(仕事)」と見なす人、「Career(キャリア)」や「Calling(天職)」と考える人がいたそうですね。

人々に目的意識や意義を与えるのは「仕事」そのものではなく、その仕事にどう取り組むかということだ。例えば、医師という地位の高い職に就いていても、「仕事」と割り切り、意義や目的意識を抱いていない人も多い。

一方、病院での清掃員の仕事に意義を見いだす人もいる。患者との触れ合いが許されていれば、自分も治癒過程にかかわっていると感じることができるからだ。私たちの多くは、特定の職業を単なる仕事だと考えたり、天職と見なしたりしがちだが、実際はそうとはかぎらない。自分の仕事にどう向き合っているか、仕事に意義を見いだせるような環境を雇用主がつくってくれるかどうかが肝心なのだ。

「情熱のパラドックス(逆説)」という章を設けたのは、私の教え子が仕事に大きな情熱を持たなければならないと感じていることを知ったからだ。米国では若者のうつ病が蔓延しているが、そうした義務感が大いに関係している。特に若者は、仕事に情熱を持てないと落胆する。だが実際、多くの仕事は情熱をかき立てられるようなものではない。

「情熱」と言うと恋愛を連想するが、広告執筆や住宅資材の販売に、伴侶に対して感じるような思いを抱けるはずがない。だが、若者は仕事に情熱を感じられないと落ち込み、「もっと頑張ろう」「もっと長い時間、働こう」「仕事に自分を捧げれば、情熱を感じられるはずだ」と考える。不幸なことだ。短い労働時間で焦点を絞って働けば生産性が高まり、雇用主も得をする。長時間労働は本人の能力も損なう。

仕事に情熱を感じる幸運な人もいるが、私たちの大半は違う。他のことに情熱を見いだすためにも、自分の時間が必要だ。

──大半の雇用主は、従業員が自分の仕事を天職だと感じるよう望むそうですね。天職だと思うと低賃金に甘んじやすく、仕事だと割り切れば、そうした罠にはまりにくいと、新著で指摘されています。

動物園の飼育係が好例だ。動物の世話に情熱や幸せを感じるあまり、生活に足る賃金をもらえなくても、それに甘んじてしまう。天職だと感じると、雇用主に搾取されやすい。別の仕事をしながらペットを飼ったり、動物の世話をするボランティアをしたりすることで、動物への情熱を満たすこともできる。

取材したイェール大学経営大学院の心理学者、エイミー・レズネスキ教授は、複数の企業から「どうすれば『天職』のように見せることができるか」と問われ、協力を断ったという。企業の狙いが透けて見えたからだ。天職のためなら、人は日に20時間働き、何でもする。

そもそも「天職」とは従来、聖職者に使う言葉だ。聖職者は特別な仕事だから、天職と呼んでもいい。だが、ITの仕事を天職と考えるのは、いいこととは言えない。自分の仕事を天職と見なすのは非常にリスクが高いことでもある。大金を稼いでいる有名な小説家が、執筆活動を天職だと考えるのは素晴らしいが。

──でも、スティーブ・ジョブズは、「偉大な仕事をする唯一の道は、自分の仕事を愛することだ」と言いました。

本でも触れたが、誰もが彼のような特権を持っているわけではない。彼は、もともとカリグラフィー(書法)に情熱を持っていたが、経営を選び、大成功を収めた。成功を愛し、成功することに大きな情熱を傾けていたのは確かだが、何を天職だと考えていたかは定かではない。仕事に情熱を注いでも、大半の人たちは彼のようにはなれない。

インタビュー=肥田美佐子 イラストレーション=マルチン・ウォルスキー 構成=岩坪文子

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