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──根岸さん自身は、浮世絵研究家として永田先生と出会うまで、どのようなキャリアを築かれてきたのでしょうか。

子供の頃から絵は好きで、将来は画家になりたいとか、絵に関係する仕事をしたいと、漠然と思っていました。その頃は、親の影響で印象派など西洋画が好きでした。日本文化に興味を持ち始めたのは、高校生でアメリカに留学したのがきっかけです。「海外から見た日本」がとても魅力的に見えた。

帰国後は美大に進学して……と思い描いていましたが、就職先を心配した両親に反対され、「大人になってから自分のお金で学ぼう」と決めました。

浮世絵を見るようになったのは、大人になってからです。これまで私が見てきた西洋の絵は、上流階級のためのものが多かった。それに対して、庶民のものである浮世絵は、人間味があってとても興味深かった。

100年以上前の絵なのに、下賤な題材も含めて江戸時代の人が笑っていたものを、現代の私たちも面白いと感じられることに、「人間の本質って変わっていないんだな」と興味を持ちました。

美術の道は一度諦めて、キャリアを転々としたあと、設計事務所に就職しました。その設計事務所の所長の師匠にあたる人が、浮世絵のコレクターだったんです。

仕事がハードでこのまま続けることが難しいなと考えていたタイミングで、「よく行く浮世絵の店で店員を募集しているけど応募してみる?」と声をかけていただき、神保町にある浮世絵のお店に転職。そこで10年ほど働いている中で、永田先生と知り合いました。

──永田先生の意思を継いだ北斎展を終えた今、根岸さんのこれからの展望をお聞かせください。

永田先生ほどの研究者は、もう現れないと思います。小学校3年生の頃から北斎に惚れ込んで、何もかもを費やしてきた先生のレベルに追い付くには、何年かかっても追い付けないでしょう。

であれば、私が先生にできる最大の恩返しは、次の世代に、永田先生がどこまで研究を進めたのかをしっかりと伝えていくことだと思っています。

まずは、先生が途中まで執筆された本の仕事が残されているので、責任を持ってやり遂げたい。私が引き継ぐには荷が重いですが、先生が伝えたいと思っていたことを少しでも発表していきたい。「次の世代にバトンだけは絶対に渡さないと」という想いで取り組んでいます。

そのあとのことは、正直思案中です。

ただ、永田先生という北斎研究の第一人者から引き継いでいるものもあると思います。今回の展覧会を機に、「波と富士山だけではない北斎の魅力」を知りたい人が増えたとすれば、それに応える展覧会を企画してみたいとも思います。「日本人に北斎を正しく評価してもらうこと」は先生の望みでもありますから。


根岸美佳◎浮世絵研究家。神保町の浮世絵専門店勤務を経て、2006年から墨田区が計画していた(仮称)北斎美術館設立準備室に学芸員として勤務。2016年すみだ北斎美術館開館後は教育普及担当学芸員リーダーとして展示・講演などを企画。主な展示に「ぱらぱら北斎漫画カフェ」(2013)、「妹島和世建築展」(2016)、「ちょっと可笑しな冨嶽三十六景 しりあがり寿北斎と戯れる展」(2017)、など。2018年4月にフリーランスキュレーターとして独立。

構成=小野瀬わかな イラスト=Luke Waller

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