北斎研究の第一人者、故・永田生慈は、30年前に作品を輸送するクーリエとして立ち会ったパリでの北斎展で、現地の研究者から言われた言葉が忘れられなかった。
「北斎を正しく評価できているのは、日本ではなくフランスだ」
それから30年後。2019年1月17日から3月24日、森美術館で「新北斎展」が開催された。動員数は22万人を記録した。体調が悪化した永田から、急遽展覧会のキュレーターを任された根岸美佳に話を聞いた。
──根岸さんが、今回の北斎展を担当するようになった経緯を教えてください。
今回の北斎展は、永田先生が10年以上前からあたためていた企画でした。
先生は、これまでも節目節目のタイミングで「研究を通して、北斎のことがどこまで明らかになったのか」を提示する展覧会を開催してきました。今回はそれを「葛飾北斎生誕170周年」にあたる2019年に開催しようと企画していたところ、先生が病気になってしまった。そこで、私が引き継ぐことになりました。
先生と実力がかけ離れている自分にできるだろうかという不安はありましたが、お世話になった永田先生に対して何も恩返しができないまま亡くなってしまったので、「少しでも恩返しができれば」という想いで担当させていただきました。
──展示する作品の選定はどのようにされたのですか?
永田先生とも昔から親交があり、長年浮世絵研究をされてきた岩切友里子さんとともにキュレーターを務めたのですが、責任監修は永田先生にありました。出品リストはほぼ未完成だったため、過去の展覧会を参考に、「先生はこういう風にしたかったんだろうね」と想いを汲んでレイアウトを考えていきました。
先生は本当に北斎が好きで、北斎の絵があると聞けば、国内外問わずどこでも見に行ったんです。先生が途中まで作成された出品リストには、オハイオ州にあるシンシナティ美術館で所蔵されている作品も入っていました。今回の北斎展で展示するために実際に足を運びましたが、飛行機が嫌いな先生が、北斎の絵を見るためにここまで足を運んでいたのかと驚きました。
永田先生が2014年にパリで開催した北斎展は35万人を動員しました。「好評だったから、凱旋展もやってみたいね」と言っていたので、パリの北斎展に出品した作品もいれながら、出品リストをまとめていきました。