昆虫食が世界を救う? 360種の昆虫を食した日本人がラオスで研究を続ける理由

(撮影=佐伯真二郎)



食用昆虫科学研究会理事長 佐伯真二郎

今もっとも昆虫食の研究に適している国、ラオス

現在、佐伯は1年のほとんどをラオスで過ごしている。その目的は日本にいない昆虫を食べるためだけではない。

「あらゆる昆虫の味を知り、分類すること」が個人的な目標だとすれば、佐伯にはもう一つ、社会的な目標があるという。「昆虫を食べる地域ほど栄養状態が良好になる世界」の実現だ。

では、昆虫食での健康維持とラオスがどう関係しているのか? 実は、冒頭にも書いた通り、昆虫食は栄養価の高い食料として注目を集めている。2050年には98億人になると予測される世界的な人口増加や、効率が低く、温室効果ガスを出しやすい畜産業の危機……。

こうした食料不安中でまず手に入りにくくなる栄養分は、肉や魚に含まれる動物性タンパク質だといわれる。昆虫には動物性タンパク質をはじめ栄養が豊富に含まれているため、国連食糧農業機関(FAO)は、先進国も昆虫を積極的に食べることを推奨したのだ。

「ですが、ここには一つ矛盾があります」と佐伯は言う。

「ラオスをはじめ、東南アジアには古くから昆虫を食べている国がたくさんあります。にも関わらず、国民の健康状態はとても良好だとは言い難い。こんな状況で、昆虫は栄養豊富だからみんな食べようといっても、説得力は高くありません」

そう考えた佐伯は、2017年からNGOの栄養支援プロジェクトに専門家として参加し、ラオス住民に昆虫養殖を教えている。

山菜やキノコのように普段から昆虫を採り、食べたり売ったりしていた住民たちに、計画的な昆虫の飼育方法を指導する、いわゆる「魚の釣り方を教えるだけでなく、魚の増やし方を教える」事業だ。

ここに佐伯の「蟲ソムリエ」としての知識が生かされる。主食のコメと付け合わせとしての魚や昆虫を食べてきたラオス住民は、炭水化物やタンパク質は欠乏していない。調査によると、彼らに不足しているのは、脂肪と脂溶性のビタミンなのだという。

「健康面の課題を鑑みて、甲虫類であるゾウムシの養殖を提案しました。油と亜鉛をよく含み、エサとなるキャッサバも簡単に育てることができます。最初にぬか床のようなエサを準備しておけば週に一度バナナを与えるだけ。5週間程度で、多い時には5匹が300匹にまで増えます」

しかし、一度に養殖方法を教えることができるのはせいぜい10軒程度。そこで、養殖技術を他の家に伝えることのできる「パイロット農家」も育成。さらに次の段階として、育てたゾウムシを調理、販売する方法を伝えている。

「自助の手段が身についてきたので、現在は、次の段階『互助、共助といったビジネス』の段階です。とはいえ、先進国の原理をただ押し付けるだけでは意味がない。昆虫を育て、販売することで彼らが本当に幸せになるかを考えなければなりません」

佐伯は現在、ラオスでの食に対する教育にも力を入れている。

例えば、ラオスの裕福な家庭で、1歳児にペットボトルの甘いお茶の清涼飲料水ばかりを買い与えているケースがあったという。経済状況が向上しても、親の正しい知識なしには子どもの健康状態は改善しないのだ。
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文=野口直希

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