ザッポスでは飼い犬をオフィスに連れてきてもいいことになっているが、しかし世の中には犬が苦手な人も、その抜け毛にアレルギーがある人もいる。鐘や太鼓を鳴り響かせるのは結構だが、多くの社員はヘッドセットで顧客と注文をめぐり会話をしている。
あの経費もこの経費もと会社が負担するたびに喜びと満足が社員に生まれるはずだが、そこに際限がなくていいということにはならない。誰かがどこかで手綱を引かねばならない。そして、手綱がひかれた時に、人間の興奮はそれ以上に高まらなくなり、いつか人は学園祭さえ日常風景に感じ、飽きを感じ始める。
実際、この会社を評価する意見はSNSに溢れる一方、社員の離職率は高い。ラスベガスでは、カジノ産業を除けば10%から15%程度の離職率が通常値であるところを、ザッポスは20%程度の離職率があり、それはたぶん、この「飽き」によるものだろう。
CEOトニー・シェイで成り立つ会社
職場文化を守るためには、会社そのものが変わっていかねばならないという現実もある。2015年には、ザッポスはついに職階制度をなくし、すべての社員に上司なし、という超平板型組織に改組をした。これはザッポスのさらなる挑戦で、上司をなくすことが究極のモチベーションアップ、さらに自己学習の手段だという理論を踏襲したものだ。
これについては賛否両論あり、たしかに上司がなくなったことで開放感が増し、仕事の効率も上がったという社員が多くいる一方で、無意識に上司に依存していた社員は仕事ができなくなり、混乱も多く生じた、と準月刊の総合誌「ザ・アトランティック」は分析している。この年、離職率は30%にまで膨れ上がった。
このように、祭りには終わりがあり、組織も改組もせねばならず、そして、どうしてもビジネスをする以上、すべての社員の要求を満たすことはできない。満たされなくなった時の反動は、かえって大きくても不思議ではない。
この会社のビジネスモデルの凄いところは、それでも恐れずに、ぎりぎりのところにまで挑戦していて、うまくいかなくなってやめていく社員を温かく送り出しているところだ(改組の際の退職金は3カ月分。ラスベガスでは2週間程度が平均値)。
大きな利益をあげ、ラスベガスのダウンタウンにある元の市庁舎を丸ごと買い取って本社にし、会社帰りに社員が飲めて遊べるようにと治安が最悪だった周囲の土地を買い占め、明るい歓楽街をつくりと、なにかとこの街の住民を驚かせてきたザッポスは今年20周年を迎える。
ここまで、どう考えてもその「手綱」さばきは見事としか言いようがなく、これだけ社内でお祭り騒ぎが続いても、セクハラなど羽目を外して起こる訴えもないというのは、シリコンバレーの優良企業がたくさんの訴訟や悪口にさらされていることを考えると、偉業と言える。しかも、買収したあのアマゾンにも何も言わせないことも立派だ。
それは、偉ぶらない、地味な台湾系アメリカ人のCEOトニー・シェイが、この会社の企業文化絶対主義に自ら強くこだわり、これについては社員のダントツの信頼を得ているからということではないだろうか。
トニー・シェイCEO(2010年撮影、Photo by Ethan Miller/Getty Images)
アマゾンが買収した会社の多くは経営陣が交替するが、このCEOを変えないのは、まさにこのトニー・シェイがトップにいて初めて成り立っているビジネスモデルだと、アマゾンが考えているからに違いない。だから他社はこのモデルを参考にすることはあっても真似ることはできず、そして、それはとりも直さず、将来に向かってのザッポス自身の課題でもあるのだ。
連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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