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2019.04.20

目に見えないサイレントキラーがビジネスチャンス インドの大気汚染対策

Getty Images

「目に見えないサイレントキラー」。世界保健機関(WHO)は大気汚染問題をそう呼んでいる。WHOによると、大気汚染が原因で、毎年700万人が死亡しているとみられる。中でもインドの大気汚染は深刻だ。

グリーンピースなどが作成した2018年の大気汚染に関する報告書によると、インドはバングラデシュとパキスタンに次いでワースト3位。世界で大気汚染が深刻な都市、上位30のうち22都市をインドが占めており、首都デリーは世界で最も汚染が深刻な首都だという。

恐るべきことに、ランセット・プラネタリー・ヘルス誌によれば、2017年のインドの総死者数の12.5%である124万人が大気汚染のために命を落としたとみられる。また、大気汚染によって福祉や失業などの社会的コストが増大したために、2013年のインドの国内総生産(GDP)の8.5%が失われたと世界銀行がレポートしている。

インド政府は2019年1月、2024年までにPM2.5とPM10の濃度の20〜30%削減を目標とする5年間計画「国立クリーンエアプログラム(NACP)」を開始。電気自動車産業の拡大とグリーンモビリティの促進のための拠出を決定した。さらに、市民向けキャンペーンや環境負荷の少ない産業や農業を推進し、大気汚染対策の新しいテクノロジーの導入を急いでいる。

政府だけでなく、産業界からも大気汚染問題にビジネスチャンスを見つけ、環境に優しい製品や技術の開発や、問題解決に向けたイノベーションを始めている。いくつかの成功例を紹介したい。

ディーゼルのススをインクに変換
──チャクル・イノベーション

アルピット・ドゥパル(Arpit Dhupar)、クシャグラ・サリヴァスタヴァ(Kushagra Srivastava)、およびプラティーク・サチャン(Prateek Sachan)によるチャクラ・イノベーション(Chakr Innovation)は、世界で初めてディーゼル発電機から排出された汚染物質を回収する後付け型の排出ガス制御装置、「チャクル・シールド」を開発。ディーゼル発電機から排出されたすすをインクに変換する。

チャクル・シールドは、ディーゼル発電機から排出された粒子状物質の90%以上を捕獲することができる。搭載されたディーゼルエンジンに悪影響を与えることはない。集められたススは、その後、同社で処理が加えられてプリンタのカートリッジや塗装に変わる。1リットルのインクを作るのに、7億リットルの空気を洗浄できる。インドの政府関連機関がその技術を認証しており、国内外から複数の賞を受賞している。

17年1月に1500万ルピー(2400万円)、2018年4月に2,500万ルピーをインドのVC「IDFC-Parampara Fund」と米VC「Globevestor Funds」から資金調達。調達した資金は、生産能力の拡大や新製品の研究開発への投資に使われた。TATAグループやタイタン、インディアン・オイルなど大手企業が同社の技術を採用している。

電波で安全に空気を洗浄
──デヴィック・アース

スリカント・ソラ(Srikanth Sola)、シャグン・シンハ(Shagun Sinha)、シヴァニ・シンハ・ソラ(Shivani Sinha Sola)が共同創業したデヴィック・アース(Devic Earth)は、屋内だけでなく屋外でも安全かつ確実に空気質を改善する「ピュア・スカイズ(Pure Skies)システム」と呼ばれる技術を開発した。

従来の空気清浄機とは異なり、電波を利用して空気中の微量の粒子を加速して沈降させ、空気を清浄する。家庭用からオフィスや重工業用まで多様な種類があり、様々な環境や用途に対応している。インド環境・森林・気候変動省から資金を受けている。

国内市場だけでなく、今後は日本や中国、南アジア、中東、北アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパなど、国際市場で製品発売の展開を計画している。同社はインドの環境・森林・気候変動省やハニーウェル・インダストリーズなどから資金提供を受けている。

太陽光を利用した超巨大・空気清浄機
──クリン・システムズ

クリン・システムズ(Kurin Systems)は、パヴニート・シン・プリ(Pavneet Singh Puri)とマドゥル・メタ(Madhur Mehta)が共同創業した。メタは世界初のAndroidベースのスマートウォッチの創始者でもある。

クリン・システムズは台湾のフォックスコン・テクノロジー・グループと提携し、自動車、住宅、オフィス向けの浄化装置を提供している。世界最大の空気清浄機「シティ・クリーナー」を設計し、特許を取得した際に話題になった。大きさは縦約12m、横約6mで、1日に最大3200万㎥の空気を濾過し、半径3キロメートル以内の7万5000人に純粋な空気を供給できる。

この空気清浄機は、360度すべての角度から空気を取り入れ、毎時130万㎥の綺麗な空気を作り出すことができる。太陽電池パネルで48の内蔵ファンを動かしており、エネルギー効率も良い。空気中に存在する粒子状物質の99.99パーセントまで清浄するとされる超高性能フィルターと活性炭と組み合わせて使用しており、インドの大都市で空気の質を改善するため、効率的かつ効果的な解決策となることが期待されている。

スタートアップだけでなく、大企業もインドの大気汚染に取り組んでいる。

独自の環境対策指針を設定
──マルチ・スズキ

インドの自動車市場の51%を持つスズキのインド法人、マルチ・スズキ(Maruti Suzuki)も独自の環境対策指針を定め、低燃費車の推進や自動車のCO2排出量の削減だけでなく、サプライチェーンプロセスにおけるグリーンテクノロジーの採用やバイオメディカル廃棄物への取り組みを打ち出している。

2022年までに圧縮天然ガス駆動車の販売や、大気汚染を防ぐ環境基準の達成を掲げている。大気汚染などの社会問題解決のため、自動車やモビリティ関するイノベーションを促進するアクセラレーションプログラムも実施している。

稲わらを製品の原料に
──イケア

昨年、インド南部のハイデラバードで国内初店舗をオープンしたスウェーデンの大手家具メーカー。「ベター・インディア・イニシアチブ(Better India Initiative)」というプロジェクトを立ち上げ、稲わらを自社製品の原材料にするなど、収穫後に残された茎や葉などの「作物残渣」の対策を進めている。作物残渣は通常、燃やされて処分されるため、大気汚染の原因になっている。

このプロジェクトをインド全土で広げようと、政府やNGO、国連などの機関のほか、農家や民間企業とも連携。稲わらを原料とした製品は、早ければ19年にインド市場に登場予定で、徐々にグローバル展開も進むかもしれない。

大気汚染対策はインドの重大な課題となっており、すべてのステークホルダーが責任を持って取り組む必要がある。それと同時に、絶好のビジネスチャンスにもなっており、様々なイノベーションが日々生まれている。空気清浄機や大気汚染の監視・管理機器、電気自動車などの市場は2023年までに200億ドルに達する見込みだ。この急成長の市場は、国内外の投資家の絶好の機会になっている。大気汚染はビジネスの視点で見ても、やれることがまだまだ残されているのだ。

文=ヴィクラム・ウパディヤイ

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