「心」はどこにあるのか?という問いに現代医学はまだ答えを出せていない。つまり明確な心の場所は特定できない。運動機能や感覚機能のように、脳の特定の位置にマッピングもされていないのだ。
東洋医学ではどうか。脳は東洋医学でいう「要」の五臓六腑に入ってもいない。脳は身体の状態を変化させるためには使えないとされている。私は若いころ五臓六腑に脳が入ってないことにどうしても納得ができなかった。しかし最近になってようやく腑に落ちるようになった。
東洋医学では、感情にはおなかの臓腑の動きが影響するとされる。つまり脳ではなくおなかに「心」があるということだ。感情の中枢は現代医学で考えられているような脳という一つの臓器にコントロールされるのではなく複数の中枢があるという。
最新の医学研究では、多くの臓器が脳を介さず自立的に判断して動くことがわかってきた。さらにそれぞれの臓器が、これまた脳を介することなく連絡しあうというのだ。
まさしく東洋医学だ。
私の臨床経験でもこれは正しい。胃腸を丈夫にするだけで気力が出るという経験は、私のような専門家でなくても実感があるはずだ。例えば腸の手術後には絶食が必要で、点滴だけでカロリーを補給する。栄養が足りていれば医学的には生きていける。だが、回復して口から食べ物を食べ、胃腸を活発に動かし始めると、気力が大幅に戻る人を何人も診てきた。
胃腸の調子が戻るだけで人は活力が出る。東洋医学の理論はこんなに単純なものではないが、この延長線上にある。心のバランスを取るために、食事の量やリズムを変化させることは有効だ。
運動も、心の状態に作用する。運動した方が気持ちが晴れやかになることは誰でも経験することだ。
心が元気をなくしたら、気分転換──いつもと違うことをする、友人と会う、休む、読書する──といったことを一旦やめてみるといい。そして無心になって運動してみるのはどうだろう。
例えば30分のウォーキングから始めるのもいいだろう。歩き始めは気力が持たず、きついと思うかもしれない。だがそのうちに、ただ何も考えず「歩く」だけになる。この状態がよいのだ。
床に座る「座禅」が知られているが、「歩行禅」というものもある。歩いていると頭が整理され座禅と同じ効果がある。
それも無理なら、好きなものを思いっきり食べて胃腸を活発にしたり、少しがんばってプチ断食してみたりすると思いのほか精神状態が変わる。
心の元気がない時は、一旦「心」から離れ、筋肉や臓器の状態に変化を与えてみるといい気分転換になる。無理のない範囲で試してほしい。
さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。元聖マリアンナ医科大学の内科講師の他、世界各地で診療。近著に『病気にならない生き方・考え方』(PHP文庫)。