ミスリードを誘う「AI万能論」にご用心

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4月上旬、IBMのジニー・ロメッティCEOが、米経済メディア・CNBC主催のイベントで大胆な発言をして話題になっている。

5~10年以内に、人工知能(AI)がこの世の職業の“100%”を変化させるというのが彼女の主張だ。ロメッティ氏は、他の研究機関やシンクタンクの調査結果のように「完全に消滅する仕事」は少数にとどまるとする。むしろ、大多数の仕事はそのまま残るが、AIを使ったデータ分析など機械の役割が増え、仕事の「質」が変わると指摘。機械と共生する時代に備えて、企業や人間側には大々的な職業訓練が必要になると説く。

一見、ロメッティ氏のような「仕事が変わる派」、他シンクタンクのように「仕事がなくなる派」の主張は違うように思えるが、本質的に趣旨は同じだ。それは、AIなどテクノロジーが発展するのは避けがたく、「人間が変わらなければならない」というものである。

たしかに、ある意味、正しい話のようにも思えるのだが、最近ではこの手の発言に違和感を感じることが増えた。

例えば、音声認識分野。筆者は職業柄、「テープ起こし」など録音データを正確にテキストに起こしてくれるサービスを熱望しているが、まだこの手のサービスは実現していない。人工知能のイノベーションがこれほど騒がれる世の中なのに、である。「Google speech to text」や「Watson Speech to Text」など、「精度が良い」と評判のサービスのデモ版を試してみても、仕事には全く使えない。

ロメッティ氏や専門家が話すように、機械との共生のために努力はしてみるものの、設定やアップロードやファクトチェックに時間を割かれ、結局人力でやるハメになる。むしろ、仕事が増えるばかりだ。

5年後~10年後、自分の仕事に限って言っても、仕事を変化させるAI(むしろ変化させてほしい)が登場するか疑わしい。この手の、技術や経済合理性などを含めた「人工知能を使いこなす難しさ」については、取材先のあちらこちら聞こえてくる。

もちろん、画像認識技術による医療断など、実用化が着々と進む専門的な技術分野もいくつかはあるだろう。それでも、数年以内に多くの人間が職を失う、もしくは変化を余儀なくされるほどの技術が一般に広く普及するというのは、誇大な広告やポジショントーク以外の何物でもない。

逆に、人工知能が置かれている現実的な状況を社会的にミスリードさせ、新たな「氷河期」の呼び水となってしまう可能性もある。日本の証券会社関係者はこう言う。

「各大手証券会社のAI関連のファンドには、人工知能への期待からたくさんの資金が集まっていると聞きます。しかし一方で、思ったように技術や市場が伸びないと誤解されてしまえば、資金が逃げていくとも懸念している。当事者たちは、長期スパンで期待を維持してもらう方法を必死で考えていますよ」

高度な人工知能が社会に普及する前提として、技術や法律、人材以外にも「説明可能性」や「電力問題」などなど、クリアしなければならない問題は山積みだ。とはいえ、市場の拡大が着実に期待されている分野だけに、「現状と未来」をしっかりと見据える必要がある。

連載:AI通信「こんなとこにも人工知能」
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文=河鐘基

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