データ至上主義を生き残る鍵は「人間観の探求」にあり

イラストレーション=マシュー・リチャードソン(ハート)

ユヴァル・ハラリの世界的ベストセラー『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』(河出書房新社)。不気味な人類の結末が登場する。データイズム(データ至上主義)が現在のヒューマニズム(人間至上主義)の世界を凌駕し、不死と幸福を手に入れた「神のヒト」とその他大勢に二分された究極の格差社会が待っているという。

『現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論』著者、瀧澤弘和は「必ずしもそのような未来が来るとは限らない」と指摘する。瀧澤によれば、ヒューマニズムが生き残る鍵は「人間観」の探究にあるという。現代経済学はヒントになるか。

──『現代経済学』の執筆経緯を教えてください。

私は1990年代に大学院に在籍しましたが、2000年代にかけて経済学が全く変わりました。それまでは合理的な人間を前提とし、数理モデルを作る新古典派経済学が主流派でした。しかし、80年代にゲーム理論が注目されるようになり、実験経済学や心理学の影響を受けた行動経済学が発展すると、合理的ではない人間が前提に組み込まれ、実験もやるようになりました。大転換です。

経済学とは何かを書くことが本のテーマでしたが、結果的に新しい経済学の流れを整理することになりました。経済学が多様に進化し、方法論や領野が広がってきた様子が分かります。

──「人間観」が変化したと指摘していますね。

経済学の進化の流れの特徴の一つは、自然主義的な実験手法、それが経済学に深く浸透してきたことです。昔の経済学は、人間を合理的で自律的な個人として捉えており、近代社会の基本的な考え方に整合していました。しかし、人間に対する見方、人間観が無意識のうちに変わりつつあり、それが経済学だけでなく様々な分野で起きています。

例えば、山口一男著『ダイバーシティ』(東洋経済新報社)では、アメリカ社会で犯罪の原因として遺伝的形質や家庭、社会環境などが考えられるようになり、それが有罪・無罪の決定にまで影響を与えていると紹介しています。これには衝撃を受けました。

以前は人間の意思決定の合理性を前提として裁かれていたものが、人間の動物としての側面が考慮されるようになっている。人間に対する見方が変わると、犯罪の裁かれ方が変わる。そうすると、社会の人々の振る舞い全体に影響します。それが無自覚に起こっているのです。

その変化に経済学も関わっています。特にブームになっている行動経済学の影響は大きい。「行動経済学で人を操りたい」と話す学生もいる。『ホモ・デウス』の人間観はその最たるものです。

──データイズムに人類はどう闘えるのでしょうか。

人類の歴史は同じことの繰り返しです。例えばデカルトとヴィーコのように、人間的なものを否定するアプローチが生まれると、必ずヒューマニズムの方からも反撃が起きる。今日のデータイズムに対しても反撃があるでしょう。これはどちらが勝つ、勝たない、といった一回で勝負が決まるものではなく、延々と続く闘争で、闘い続けないといけない。

一方で、AIやオートメーションといった人間拡張の時代だからこそ、人間とは何かをもう一度考える必要があります。AIに心があるのかという議論がかつて流行りましたが、再びそのような議論が出てくるでしょう。この問題は根本的には人間とは何かという問いです。ここで、ヘーゲルのドイツ観念論の考え方が参考になります。

彼は意識とか自由意思というものは、社会のなかで、人間同士の振る舞いによって創られているもので、人間を自然科学的に分析しても、決して理解できないと言っています。根本的に重要なのは、人間が人間的な世界をどのように創り出しているのかです。経済学もそのようなことを探究する学問の一つなのです。
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構成=成相通子 イラストレーション=マシュー・リチャードソン(ハート)

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