田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

我々の人生には、果たして「運命」というものが存在するのか。人生は、予め、運命によって定まっているのか、運命など存在しないのか。それは、誰もが一度は考えたことのある問いであろう。

この「運命」というものについて考えるとき、必ず心に浮かぶ映画がある。

それは、巨匠デヴィッド・リーン監督によって1962年に制作された映画、『アラビアのロレンス』であるが、この中で、ピーター・オトゥール演じる英雄ロレンスが、アラビア人兵士の部隊を率い、灼熱の砂漠を越えて進軍する場面がある。

このとき、兵士の一人が疲労困憊のために落馬し、砂漠に一人取り残されてしまう。

部隊が砂漠を渡り終えたとき、そのことに気がついたロレンスは、その兵士を助けに行こうと、疲れ果てた体に鞭打ち、単身、灼熱の砂漠に引き返そうとする。

そのとき、アラビア人の年老いた兵士の一人が、それを止めようと、ロレンスに言う。

It is written.

彼が砂漠で死ぬことは、運命だ。

そのことは、コーランに、既に書かれている。

しかし、その言葉に耳を貸さず、ロレンスは砂漠に引き返し、極限の状況の中で、その兵士を救い出すことに成功する。

そして、部隊に戻ってきたロレンスは、精根尽きて倒れ込む前に、静かに、しかし、力強く語る。

Nothing is written.

何も書かれてはいない。

このシーンは、この映画の中でも最も深い感動を呼ぶ場面であるが、このロレンスの言葉は、観客の心に、「未来は定まってはいない。運命など存在しない」という思いを湧き上がらせる。

しかし、この映画の後半、突発した部族同士の争いを仲裁するために、ロレンスは、問題を起こした兵士を自らの手で処刑せざるを得なくなる。だが、捕らえられたその兵士の頭を上げさせると、それは、かつてロレンスが命を懸けて灼熱の砂漠の中から救い出した兵士であった。

ロレンスは苦渋の中で兵士を銃殺するが、この場面を観るとき、観客は、ときに人生というものが遭遇する痛苦なアイロニーを感じ、心の奥深くに「この兵士を救うことも、そして、殺すことも、ロレンスの運命であったのか……」という思いを抱く。

文=田坂広志

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