「アラビアのロレンス」の名シーンが示唆する「運命とは何か」


それがリーン監督の深い意図であったかは知るべくもないが、この映画は、「運命」というものに対する我々の心の在り方を、象徴的に教えてくれる。

我々は、希望を抱いて未来を見つめるとき、人生に対して肯定的であればあるほど、「未来は定まっていない。運命など存在しない。自らの力で未来を切り拓く」という思いを抱く。

しかし、一方、我々は、すでに起こってしまった過去の出来事を、悔いを抱いて見つめるとき、それが受け容れがたい痛苦なものであればあるほど、「あの出来事は、自分の人生に与えられた運命であったのか……」との思いを抱く。

それは、人類の歴史の中で、古今東西の多くの物語や文学において語られてきた「運命を受け容れる」という人間の心の姿に他ならない。

では、この「運命を受け容れる」という言葉の真の意味は、何か。

それは、決して、「諦めて仕方なく認める」という否定的な意味ではない。

かつて、第二次世界大戦において、ナチスの強制収容所に送られ、家族を無残に殺され、自身も生死の淵から奇跡的に生還した実存主義の心理学者、ヴィクトール・フランクル。彼がその過酷な人生を振り返り、なお語った言葉が、その真の意味を教えてくれる。

「人生にイエスと言う」

いかに逆境に満ちた人生が与えられようとも、いかに苦労の多い人生が与えられようとも、それでも、それは、ただ一度かぎりの、かけがえの無い自分の人生。そう思い定め、その人生を慈しみ、与えられた逆境と苦労を魂の成長の糧として歩むとき、「運命」という言葉は、いつか、「天命」という言葉に変わっていくのであろう。


田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。世界賢人会議Club of Budapest日本代表。全国5000名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は、本連載をまとめた『深く考える力』(PHP新書)など80冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp

文=田坂広志

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