存命人物に扮した俳優の演技が秀逸
そのチェイニーを再び、権力の道へと呼び戻したのは、ブッシュの息子であるジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)だった。作品の中では、チェイニーの元を私服で訪ねたブッシュと間に次のようなやりとりが交わされる。
「君しかいない。俺の副大統領になってくれ」
「私は大きな会社のCEOだ。それに元国防長官で、元大統領首席補佐官だ。副大統領なんてお飾りの仕事だろ。やるなら、官僚対策も軍事問題もエネルギーも外交政策も任せてくれ」
「まさに、それを頼みたい」
宣伝用の映像でも、このシーンが取り上げられているが、まさに強烈なスパイスの効いた印象深いシーンだ。さらに、「権力を持ったら、それを奪おうとする人間が現れる」というリン夫人の危惧するセリフも効果的に登場し、この作品でのチェイニーの立ち位置を象徴している。
もちろん、見どころは、存命の人物たちに扮した俳優たちの秀逸な演技にもある。とくに主人公のチェイニーに扮したクリスチャン・ベールは、体型的にもかなりの増量を図り、さらにアカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した特殊メイクの助けも借り、本物そっくりの雰囲気を醸し出している。
他にもブッシュ役のサム・ロックウェル、ラムズフェルド役のスティーヴ・カレルと、いずれも本人が見たらどう評価するだろうというくらいの見事な演技を披露している。
監督は「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(2015年)で、2004年から06年にかけてのサブプライム住宅ローン危機のなか、いち早くその破綻を予測して巨額の利益を上げた4人の人物を描いたアダム・マッケイ。バブル経済をめぐる複雑なテーマを、見事なドラマとして仕上げていた。
「バイス」でも、チェイニーとその家族も含め、周囲を取り巻いていた人物たちに関しての徹底的リサーチを重ね、911同時多発テロからイラク戦争に至る激動の時代の「真実」に迫ろうとしている。
「これはアメリカの政治史の長大な1章であり、広告や世論操作や誤報によって政治的合意が形成される現在の状況に至るまでの不可欠な1ピースなのです。そして、チェイニーはその中心にいた人物なのです」
こう語るマッケイ監督だが、現在の政治状況まで見据えたうえで、この作品を世に問うている。自分たちのような「創作に携わる者の使命は、まず権力を疑うこと」だとも語るマッケイ監督だが、日本でもこのように存命の人物を描いた、リアルで批評精神に満ちた作品が現れるのはいつのことだろう。
連載 : シネマ未来鏡
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