ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信


こうなると、もう、夏時間による時計の送りと、半年後の戻しが生活文化の一部になっているので、そうしていると理解するしかない。言ってみれば、春と秋に一度ずつやってくる日本のお彼岸のようなものだ。

お彼岸は、先祖を偲びながら季節の変わりを体感できる日本人にとっては文化的な節目だが、アメリカ人には、自分の家じゅうの時計と腕時計をはずして時間を変えるというサマータイムが、季節の節目となっている。

サマータイムを採用していない州も

とはいえ、筆者は社会的コストをもっと考えるべきだと声を大にして言いたい。このアメリカ生活の22年間、いつも職場には、夏時間になった途端、会社に遅刻し、会議に間に合わない人が必ずいた。

それはそうだ。真夜中、自分が寝ている間の午前2時に、勝手に社会の時間が前に進むのだ。電波時計でないかぎり、人の目覚まし時計は、起きた時にはすでに1時間も遅れている!

さらに、アメリカでも50州全部がサマータイムを採用しているわけではない。採用するかどうか、あるいは今回のカリフォルニア州のように離脱するのも州の自由だ。現在、ハワイ州とアリゾナ州はサマータイムがない。

アリゾナ州は、筆者の住むネバダ州の隣りなので、出張や旅行に行くときにはときどき時間で失敗する。さらに面倒なことに、アリゾナ州の中でも、ネイティブアメリカンの居留地は、アリゾナ州法にまったく拘束されないのでサマータイムを採用している。これはもう日本人には降参だ。

ひとつの州の中にたくさんの居留地があり、境界線など交通標識程度の小さなものが建っているだけなのだが、そこに入ると時間が変わり、また出てくると変わる。そこで払っている社会的コストを誰も言わない。

さらに、テネシー州やケンタッキー州のように、横に長い州は、もともとひとつの州の中でふたつの時間帯を持っているが、時間を変えるという行為は、このような元からある複雑性を、さらに複雑にして州外の人間を困惑させる。

それに年に2回も家じゅうの時計を直すという活動はなにも国富を生まない。GDPに絶対に寄与しない。それならその時間をもっとGDPを生む経済活動に振り向けるべきではないのかと誰かに言って欲しい。

もっとも、有名なアメリカのオペラ「ポーギーとベス」では、アリアの「サマータイム」が情感たっぷりに歌われるように、アメリカの人々は、夏の到来を楽しみにし、それを日が伸び始める春から待ち遠しくしている。夏は人を高揚させ、バケーションもあり、恋も生まれる。だとすると、トランプ大統領が何と言おうと、この国は引き続きサマータイムを継続するのではないかとも、筆者は予測するのだ。

連載 : ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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文=長野慶太

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