川村雄介の飛耳長目

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初場所3日目。国技館の館内は、千尋の巨大波動が寄せ来るような歓声にうねっていた。重い怪我に苦しみ続けていた横綱が、最後となる土俵に上がっていた。その愚直なまでに真摯な相撲道への向き合いに、ほぼ全ての観客が、一種の霊的トランス状態の中にあった。

稀勢の里は、いつの頃から大相撲に惹かれていったのだろうか。幼児期から周囲を圧する雄渾な巨躯を誇っていた。自分の将来を運動に見出していたことは間違いないが、焦点を相撲道に合わせていったのは、厳しい稽古で知られた元横綱隆の里に入門してからだ。偉大な親方と国技館を見下ろす綺羅星のような歴代優勝力士たちの額を目にしながら、日ごと憧れを募らせていったのではないか。

人間が仕事を選ぶ理由は何だろうか。理想を言えば憧れである。長じて世の中を知り始めると、憧れよりも「食べること」が優先されるが、若いほどに憧れが前面に出る。そして、憧れこそが、人間一人ひとりと社会の発展を支えていく。

昨今の若者がなりたいとする職業は、男子はスポーツ選手、ゲームクリエーターや医者、女子は保育士、芸能人、デザイナーなどである。50年前と比較すると面白い。当時の男子はプロ野球選手、パイロット、エンジニアであり、女子は看護婦(師)、スチュワーデス、タレント、デザイナーなどだった。今も昔も共通点がある。夢を持てる憧れの世界なのである。

考えさせられるのは、親たちの希望だ。いつの時代にも、サラリーマン、公務員が圧倒的に多い。シャバの現実を肌身で感じている親にしてみると、夢で生活は維持できない、憧れに惹かれるのはせいぜい20歳まで、それを過ぎたら安定した稼ぎを選べ、となるのも無理はない。ユーチューバーだ、芸能人だ、と夢ばかり見るな。こんな親心を批判はできない。

だが、ここから親のリスクリターン感覚が試される。安全に、安全に、と考えても、実は安全な職業など滅多にない。かりにあってもリターンは非常に小さい。逆にリスクが高くても成功すれば大きなリターンを得る。投資と同じである。

なによりも、子供の人格と考えを尊重して彼らの憧れや夢が何か、叶えるためのサポートとして何ができるのか、を真剣に考えてあげたいものである。平穏だがあまり夢のない人生を歩みたいのか、憧れを追求し叶うことはなくても充実した人生を望むのか。リスクの説明は大切だが、ともするとそれが「親の壁」になることは避けたい。

では、親が壁とならず、子供たちの良きアドバイサーになれたとしよう。

それでも、わが日本には次なる難問が控えている。経済成長のドライバーになることが「憧れ」になっていない点だ。

文=川村雄介

VOL.23

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