これまでの基準では正しい判断ができない時代

むき出しの配管にバーカウンターのようなしつらえ、ドリンクを片手に議論を交わす人たち。アクセンチュア・イノベーションハブ・東京〈AIT〉はオフィスであることを一瞬忘れてしまいそうになる空間だ。

しかし、小さく区切られた部屋に入ると、心が突き動かされるような光景が広がっていた。部屋の3面の壁はホワイトボードになっており、討議内容がわかりやすく可視化された概念図や、手書きの付箋がびっしりと張り付けられており、その空間の密度に圧倒された。

「これが、ヒューマン・セントリック・ストラテジーの過程そのものです」

アクセンチュア・ストラテジー、シニア・マネジャーの朝山絵美がそう教えてくれた。

最近、日本でも見かけるヒューマンセントリックという言葉は、「もの・サービス・システム・ビジネスを、人を中心にデザインする」という意味で使われている。

一方、アクセンチュアが掲げる「ヒューマン・セントリック・ストラテジー」は、消費者、つまり「人」を中心に据えて企業のあり方を考えるビジネス戦略だ。徹底的に消費者の深層心理に迫り、ニーズになる前の潜在欲求をとらえ、新たな製品やサービス、さらにはビジネスの根幹を担うエコシステムを作る。徹底的に「人」にこだわった戦略がなぜ今、必要なのか。その背景を朝山はこう解説する。

「これまで企業はビジネスにおける判断材料を市場規模や収益性といった数値に求め、企業価値の中心は財務価値となっていました。しかし、今は必ずしもそうではありません。世界の時価総額ランキングを見ても、トップ企業ほど財務価値以上にその企業への期待感が高いことがわかります。つまり、今は収益性よりも、その企業が消費者に対してどのような価値を提供してくれるのかを期待する『人の心』が、企業価値に大きな影響を及ぼす時代なのです」(朝山)

こうした状況の中では、従来のような「この市場規模でシェアを何%取れば、何億円の収益が見込める」という経営判断は消費者には響かない。問われているのは「いかに自社が創りたい世界観を消費者視点で創造するか」であり、それを魅力的に感じた消費者の集合体が大きなエコシステムとなり、10年後新たな市場として認識される。

ニーズになる前の消費者の潜在的欲求を引き出せる理由

自社のアイデンティティを大切にしながら、人々に求められる世界を提供する。それは、数字で経営判断を下すよりも、ある意味難しい。

「そこでヒューマン・セントリック・ストラテジーでは、まずCxOとともに、その企業が目指す世界観、実現したい消費者への提供価値とは何かを明確にしていきます。目指す世界観とは非常に抽象的ですが、これを明らかにすることが、後々大きな意味を持つのです。場合によっては、時代に合わなくなった企業のアイデンティティをアップデートしたり、リブートすることもあります」(朝山)

世界観を明らかにしたら、次は消費者のニーズを徹底的に探る。ヒューマン・セントリック・ストラテジーでは、その「深度と質」に徹底的にこだわる。

アクセンチュア・ストラテジーのマネジャーで、数々の消費者調査を担当している平井麻祐子は、調査に関するこだわりについてこう語る。

「例えば、クライアント企業を利用している消費者に対し、食に関する調査をするとします。普通の調査では『朝、何を食べたか、なぜそれを選んだか』といったところまでしか聞き取りしませんが、ヒューマン・セントリック・ストラテジーでは『その時どんな気持ちだったか』など、ストーリーで語っていただきます。その人の選択の裏に隠れた価値観やライフスタイルを探ること、つまりその人の人生に触れなければ、潜在的なニーズは取れないのです。重要なのは、聞く側の姿勢です。仮説を立てず、まっさらな気持ちで話を伺うこと。相手の属性や年代で判断するのではなく、あくまでも消費者のニーズとその裏にある価値観を探っていきます。」(平井)

すると、表層的なニーズだけでなく、さらに深い、「ニーズになる前の潜在欲求」を汲み取ることができるという。

「例えば、共働きのご家庭から『毎日忙しいので、食事はどうしてもすぐに作れる丼物が多くなる』という声が上がったとします。表層的な部分だけ見ると、ニーズは『すぐに作ることができるメニュー』になるでしょう。しかし、その裏にある価値観やライフスタイル、思いに耳を傾けることで、『すぐできる料理は有難いけれども、実は丁寧な愛のあるごはんを家族に作ってあげたい』という、一見矛盾しているとも思える潜在的な「欲求」があることに気付けるのです」(平井)

表面的なものから潜在的なものまで徹底的にニーズを洗い出し、付箋に書いて貼っていく。それらから、特に矛盾している感情に焦点をあてて、シンセシスという統合的思考アプローチを取ると、ある価値観を持つ人々の表層的なニーズと潜在的な欲求の傾向が見えてくる。

次に「このニーズを満たすにはどうすればいいか」という問いを立て、その問いを解決するアイデアを出す。問いやアイデアを、壁が見えなくなる位まで貼り重ね、毎日考え抜くことを続ける。

「ここで重要なのが、問いの立て方です。『忙しい中でしっかり食事を摂るには』という問いだけでも、『丁寧で愛のあるごはんを作ってあげるには』という問いだけでも、消費者ニーズは満たされません。『仕事や学校などそれぞれの生活基盤や健康を保ちながら、家族への愛を犠牲にすることなく、生活の満足度を上げるには』といった、家族の潜在的な欲求を汲み取った問いかけが必要なのです」(朝山)。

この問いを解決するためのアイデアは、ビジネスの「種」だ。しかし、種がそのままサービスや製品という花になるわけではない。「自社のアイデンティティや目指す世界観」と「消費者ニーズ」を融合させたうえで、世の中に求められるビジネスにつなげていくのだ。それを導いていくのが、これからのコンサルタントの腕の見せ所である。

「消費者ニーズは非常に重要です。一方で、CxOが納得することも大切ですし、そもそも目指す世界観がなければ、それに合うサービスや製品として具現化できません。だからこそ、ヒューマン・セントリック・ストラテジーでは、目指す世界観は何か、コンサルタントがCxOに粘り強く問いかけるのです」(朝山)

ヒューマン・セントリック・ストラテジーの特徴は、クライアント企業の世界観の明確化から消費者のニーズの発掘、価値の創出が可能なビジネスへの昇華、イノベーションエンジンを経営者ならびに会社の中に宿すことまでを一気通貫で行うこと。加えて、アクセンチュアのストラテジー部門とデジタル部門、テクノロジー部門などの社内のスペシャリストとタッグを組んでクライアントをバックアップするため、具体的な製品・サービスへと結びつけることができる。

あらゆるものを手にした経営者が、手放すもの

あらゆる企業とそのCxOは、ビジネスを続ける中でいつの間にか消費者心理を見失う可能性を否定できない。

経営者が変わるうちに、創業者の理念がうまく伝わらないこともあるだろうし、社会構造やライフスタイルの変化により、その時々の時代で求められるものと自社の製品やサービスにズレが出てくることもある。また、若者をターゲットにしたサービスで成功した経営者が年齢を重ねて、若者のニーズをとらえきれなくなることもあるだろう。

しかし、ヒューマン・セントリック・ストラテジーでは、消費者ニーズを徹底的に掘り起こし、「ニーズを満足させるためには何が必要か」を問いかける。そして、掘り起こした表層的・潜在的ニーズに関する膨大な情報を、シャワーのようにCxOに浴びせるのだ。こうすることで、何が起こるか。科学的な検証による意思決定に慣れたCxOが、事業の出発点とも言える消費者視点を取り戻すことができるのだ。実際に消費者のニーズを浴びた、あるCxOは「企業として答えるべき問いに対して、これほどの時間をかけて、奥深くまで探求したのは初めてだ」と語ったという。

企業としての在り方を問い直し、CxOの価値観さえも変えるヒューマン・セントリック・ストラテジー。消費者にエクスペリエンスを提供する企業やCxOにとっては、ヒューマン・セントリック・ストラテジーこそが一つのエクスペリエンスと言えるだろう。

今後、アクセンチュアではヒューマン・セントリック・ストラテジーをより効率的に行うための専用サロンの設立を検討している。CxOに消費者視点を根付かせるため、また難易度の高い消費者ニーズインタビューの深度と質をさらに向上するために、ブレインテック、ニューロテック等の最新テクノロジーを活用し、これまで以上に深いインサイトを得ることを目指していくそうだ。ストラテジー、デジタル、テクノロジーのそれぞれの専門家集団がコラボレートするアクセンチュアの本領発揮と言えるだろう。

消費者のニーズが企業の在り方まで変える今、新たな価値観への転換は必須だ。これまでの意思決定のプロセスとはまったく異なるアプローチで企業を導くヒューマン・セントリック・ストラテジーに期待したい。



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