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プロコア・テクノロジーズ創業者、トゥーイー・クルトマンシュ。

自宅の改修をきっかけに生まれた、時代の先を行くクラウド建設管理アプリ。“早すぎた発明”を事業として成功させたのは、時代が追いつくまで諦めない、不屈の精神だった。

カリフォルニア州カーピンテリアのプロコア・テクノロジーズ本社で開かれた新人説明会。59人の新入社員と夏季インターン生が、講義を喜んで中断し、CEOと顔を合わせた。ビーチでくつろぐお父さんのような雰囲気を醸し出すトゥーイー・クルトマンシュが、少しばかりジョークを飛ばしたり、質問を受けたりするために飛び入りしたのだ。そこで誰かがプロコアの創業神話を持ちだし、すべての原点となった家にまだ住んでいるのかと尋ねた。

「1998年からずっと同じランドローバーに乗っているよ。家も同じ、家族まで同じだ」と、クルトマンシュがひねりの利いた答えを返す。「あの家こそがプロコアだ」。

2002年にプロコア・テクノロジーズを創業した時、クルトマンシュはシリコンバレーのIT企業の重役として、そこそこの成功を収めていた。その一方、出張の多い暮らしが災いし、彼はその4年前に妻から“最終提案”を突きつけられていた。「私と息子は州南部のサンタバーバラに移る。あなたも来るなら歓迎するわ」というものだ。

妻は住居も選んでいた。かなりのリフォームを必要とする家だ。覚悟を決めたクルトマンシュは、週末ごとにその家を見に行くことになったが、改装が遅々として進まないことに次第にいらだちを募らせる。

そこで彼は得意分野を生かし、作業の進行を追う独自のプログラムを書いた。遠く離れたところにいる時にも、クルトマンシュはそのアプリを介して、家が形を整えていく様子を見ることが可能だ。作業員のスケジュールを把握したり、建築業者やその下請けからの質問に答えたりすることができる。

「プロコア」と名付けたそのアプリは、市場規模1兆ドル(約110兆円)の米国建設業界で、やがて一番人気のソフトウェアとなった。

ただ、プロコアの試作版を作った時、状況は今とは異なっていた。ソフトウェアを広めようとしたクルトマンシュは愕然とした。建設業は米国経済の10%近くを占めているにもかかわらず、その作業員たちは02年になっても、ほとんどインターネットを使っていなかったのだ。「なんてこった、タイムマシンに乗ったみたいだ」と彼は思った。

投資の世界には「先んじるは誤るも同然」という格言がある。プロコアはノートパソコン上で使用され、インターネットへの接続環境を必要とした。しかし、創業から4年後の06年の時点でも、iPhoneはまだ発売されていなかったし、Wi-Fiはほとんど存在しなかった。プロコアはかなり時代に先んじていたのだ。

シリコンバレーのベンチャー投資会社に売り込んだ時には、行く先々で笑いものにされた。セコイア・キャピタルでは、さほど地位の高くないアナリストから、1つの業界に的を絞るのは愚行だと告げられた。その男に「プロコアをSNSに作り替えれば今すぐ小切手を書いてやる」と言われたことを、クルトマンシュは今も忘れていない。

08年に金融危機の波が押し寄せると、家屋の建設が止まった。クルトマンシュは自宅を抵当に入れ、自分のサラリーをゼロにした。5人を残して従業員はレイオフ。投資家はプロコアが廃業するものと予想した。

文=アレックス・コンラッド 写真=イーサン・パインズ 翻訳=町田敦夫

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