ビジネス

2019.04.02 11:00

順風満帆だったイギリスでのビジネスに一瞬吹いた「不安のすきま風」


しかし、本当に大丈夫かな、興味を持ってもらえるかな、という入口にあった多少の不安とは裏腹に、イギリスの水道会社の返答はどこまでもポジティブだった。

カフェでの水道会社ミーティングを終えて展示会に向かうタクシーの中で、12年前に南米のボリビアからイギリスに移民としてやってきたという女性の運転手さんと話をする機会があった。僕は話しかけた。

「僕、これが初めてのイギリスなんですよ。なんだか皆良い人ばかりで、面食らっちゃいましたけど、本当に良い国ですね」
運転手さんが返す。「うーん、私は気質としてはアメリカの方が好きですけどね。何しろ、イギリス人っていうのは、本音と建前がありますからね。YES、YESなんて言うけれど、心の中ではNOと言っていることが多いんです。本当に親しくならないと、イギリス人は本音を話さないんですよ。まあ、丁寧と言えば丁寧な国民性なんですけれど」

この言葉を聞いて、僕は少し不安になった。まてよ……、昨日からやたらとイギリス人の反応が良いと思っていたが、まさかそれはイギリス人の気質に関係しているのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。さすがにそんなに分かりにくい(真逆の)反応もないだろう。

しかし、契約がまとまるまでは、確かなことは何も分からない。僕が最初にアメリカのに降り立ったときにそうだったように、新しい国に来るというのは、常に何も分からない状態からスタートすることなのだから。

取材を受けたメディアの欧州オフィス
取材を受けたメディアの欧州オフィス

その日の午後も、展示会で同じように水道会社の人たちと話しまくり、僕は午後になると、世界的に大きなメディアの取材を受けるべく、ロンドンの金融街に向かった。無事にインタビューを終え(ものすごく人工知能のことをよく分かっている記者の人だった。とても丁寧な良い人で、僕はますますイギリスが好きになった)、クマのぬいぐるみの映画で有名な「パディントン駅」から急行に乗ると、翌日水道会社のイノベーション担当役員と突っ込んだ議論をすべく、僕たちは2時間近くも離れたイギリスの片田舎に向かった。

電車での旅は、さながらテレビ番組の「世界の車窓から」のようだ。イギリスもロンドンから離れ、田舎に移ると、美しいけれど、一方で物悲しいような景色が続いていく。こうした景色は、アメリカよりも、むしろ日本に似ているなと思った。

やがて目的地の駅に到着すると、もうあたりは暗くなっていた。タクシーに乗ってホテルに移動する。そこで別ルートでイギリスに入った丸紅の畠中さん、さっきまで一緒に展示会にいた山室さんと合流すると、僕たちは夕食を共にし、昼間のタクシーの話、本音と建前の話で盛り上がった。

翌2月28日、ホテルからほど近くにある、ある水道会社の本社を訪ねた。興味深いことに、イギリスには水道会社が18社しかない。最近日本でも水道事業の民営化が話題になっているが、1989年に、イギリスの水道会社はすべて民営化されている。

ところが、民営化すれば万事全てが上手くいくわけではないようで、ファンドが株主になり、こうした水道会社の株式を売ったり買ったりするようになると、きちんと水道配管を更新するという健全な社会正義、また経済的なインセンティブが薄れてしまった結果として、イギリスの水道は配管の老朽化と、漏水の爆発的増大に悩まされてきた歴史がある。ここに規制当局が入り込み、民間ファンド(もしくは上場しているイギリスの民営水道会社に関しては、証券取引所で株式をトレードする一般株主)に対して、漏水を削減するよう要請しつつ、これを守れない場合には罰金を課し、また一方でこれを守れた会社には報奨金を与えるという、非常にユニークな建て付けになっている。

僕たちが訪問したこの水道会社も、以前は世界的に有名なエネルギー会社が株式を保有していたそうだが、時代が代わり、現在はまた別の国のインフラ企業が親会社になっているという。僕たちはここで、丸紅との共同プレゼンテーションを展開した。何しろ、この水道会社は、丸紅から紹介してもらったのだ。

会社の社長から挨拶が終わると、イノベーション担当の役員や、テクノロジー戦略担当の部長さん、課長さんなどが一同に会して、ディスカッションに入っていく。最初はちょっと遠巻きに僕たちを眺めていたイノベーション担当役員も、僕がとにかく技術的なことや、ソフトウェアの導入効果などについてやたらとまくし立てるのを聞いて、どんどん興味を持ってくれるようになってきた。場が温まり、質問が増え、それに対してまた僕が答えると、さらに議論が噛み合ってくる。最後には、では一緒に実証実験を進めましょうと口頭できちんと合意をして、このオフィスをあとにした。

近くの駅に向かうバスの中で、またパディントン駅に帰る急行の中で、僕は安堵の気持ちに包まれていた。きちんと準備をして、勇気があれば、また知的に誠実であれば、現実はいつも想像よりも温かい。この国でも、僕たちの製品を売り歩きたいと思った。

撮影=加藤崇

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