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2019.03.30 11:30

鏡の魔法──認知症女性が綺麗になって笑顔を取り戻した話

(著者撮影 ご本人ならびに関係者の許可を得て掲載しています)

(著者撮影 ご本人ならびに関係者の許可を得て掲載しています)

鏡と認知症
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がん患者が治療に伴う苦痛の中で、痛みやかゆみよりも、外見の変化に悩んでいることを取り上げた記事は、大きな反響をいただいた。

外見を最も意識する瞬間は、自分の姿を鏡に映し出した時。日本人は、この「鏡に映し出した自分」を見つめる時間をとりわけ大切にしているといえる。

民間調査会社アスマークによると、一日の中で鏡を見る頻度を尋ねたところ、「1~3回」が42.2%で最も高く、次いで「4~5回」の27.3%、「6~8回」の13.7%と続いている。一方「全く見ない」という回答は僅か1.3%だった(https://www.asmarq.co.jp/examine/ex2106.html)。
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日本神話において、天孫降臨の時に、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が天照大神から授けられたという玉・剣、鏡。古来から、強さの象徴である「剣」と、豊かさの象徴「玉」とともに神物として崇められてきたのも「鏡」だ。

日本人が、いかに外見を重要視してきたかがわかるエピソードである。

私が現在のNPOでの活動を始めたきっかけも、「鏡」にある。

25歳の時、街の中心にあった華やかな美容室から郊外の美容室へ転職し、定休日に初めて、特別養護老人ホームでの訪問理美容の現場にボランティアとして同行した。

車椅子を介護職員に押されながら、髪を切るために鏡の前に座った1人の高齢女性。彼女寝癖がついたボサボサの髪で俯いたままだった。女性の耳元で挨拶をしながら、カットクロスを巻き、テキパキとカットの準備を始める訪問美容師。

女性のカルテには「認知症」「要介護4」「意思疎通が困難」「家族から耳を出して短めのスタイル希望」と書かれていた。

美容師は、そのカルテを見ながら、鏡を見せて、話しかけ、ヘアスタイルの希望を聞き出そうとする。

しかし、女性は無表情。会話は一方通行だった。

初めての老人ホーム、初めての認知症の方との出会い。

「認知症になると、何もわからなくなってしまうのか」と、モデルも通うような美容室で働いていた私は、「訪問理美容って地味な仕事だな。ボランティア精神がないとできないのか」と、正直、暗い気持ちになった。

しかし、この後、私の人生を変えるような出来事が起こる。

すっかり興味を失った私は、淡々と周辺に散らばった髪を片付けていた。

「終わりましたよ、綺麗になりましたね、お似合いですよ、仕上がりいかがですか?」

美容師の声で振り向くと、素敵なショートヘアになり、ピンクの口紅を塗ったおばあちゃんが手鏡を持って、にっこり笑っていた。

そして、「こんなに綺麗になったら、誰かわからんで、みんなビックリするわあ」と、大きな声で言った後、ゲラゲラと笑った。


(著者撮影 ご本人ならびに関係者の許可を得て掲載しています)

別人のように笑っている彼女の姿に、私は目を見張った。介護職員も、「あんな顔で喋っているの初めて見た」と、一緒に驚いていた。

「今日はいい日だなー、ありがとう」と言って嬉しそうに手を振りながら、車椅子を押され、部屋に戻っていった。

心理学の研究では、週1回のペースで認知症高齢者に化粧を施した結果、鏡を見る時間や、微笑む時間の増加がみられ、また徘徊などが抑えられ、落ち着きがみられたなどの一定の効果が出ている。

初めて認知症の方に出会ったこの日に起こった出来事は、私の人生や職業観を大きく変えた。

「美容には大きな力がある。外見のサポートは内面の活力に繋がっている。このサービスは、必ず今後の日本の介護の現場を明るくする大きな力となる」と、心の底から湧いてくるワクワクが止まらなくなった。

この日から私は、本格的に要介護者への「訪問理美容」を広げるために、仲間とともに活動をし始め、これまでに10万人以上の高齢者や障害のある方にカットやヘアカラー、パーマやメイク、ネイルなどの美容サービスを提供してきた。

2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症になるとの推計もあるが(※1 内閣府平成29年度高齢社会白書)、私たちのお客様の8割以上は既に、認知症の方たちだ。
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文=岩岡ひとみ

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