多文化共生政策、欧米の「失敗」から日本は何を学ぶべきか

(Photo by Mehmet Kaman/Anadolu Agency/Getty Images)

日本では、2018年12月に改正された出入国管理法の施行を4月に控え、政界、メディア、自治体、学界などで「多文化共生」について盛んに議論されている。

今後、確実に激増していく外国人労働者たちを「労働力」としてだけでなく「生活者」としてどう受け入れ、共存していくのか。どのような受け入れ態勢が必要なのか。グローバリゼーション時代の民主主義にとっては重要な課題だ。

一方、移民受入れや多文化主義政策では先を行く欧米諸国では、移民問題が外国人排斥運動のやり玉に挙げられ、多文化主義の理念も根底から揺らいでいる。

英国のEU離脱(ブレグジット)や米国のトランプ政権誕生の後押しとなったナショナリズムのうねり、EU内の不協和の背景に移民・難民問題があることは広く知られている。

しかし、欧米の多文化主義政策は、かなり前から暗礁に乗り上げていた。

第二次世界大戦後、欧米には発展途上国や旧植民地から労働力として大量の移民が移住した。民主主義と多文化共生をめざし、各国政府はさまざまな移民受入れ政策を実施してきた。

しかし、 1990年代頃より、移民の失業や貧困、社会からの疎外などの「失敗」を示すデータ結果が次々と報告されるようになった。
 
移民の社会統合の失敗が及ぼす影響は多岐にわたる。福祉などの財政的負担、社会関係の亀裂、国内の結束や相互信頼の揺らぎ、などなど。アメリカでは、論文『文明の衝突か?』(1993年)の著者サミュエル・ハンティントン(故人)やロバート・パットナムなど政治学の重鎮たちが多文化主義政策の潜在的リスクを指摘した。

世界が冷戦の終結を謳歌していた当時、こうした多文化主義懐疑論は物議を醸し、グローバリゼーション派からは「反リベラルだ」とバッシングを受けた。しかし、歯止めが効かない移民の流入と安易な多文化主義政策は社会の分断を生み、リベラリズムという普遍的価値をも脅かすことになるといった警鐘が鳴り止むことはなかった。

『歴史の終わりと最後の人間』(1992年)で自由民主主義の勝利とグローバリゼーション時代の到来を礼賛した政治学者のフランシス・フクヤマでさえ、最近になって、極端な「アイデンティティ政治(特定のアイデンティティに基づく集団の権利を求めた政治行動)」は社会の対立を決定的にすると批判するようになった。

欧州は多文化主義に対してもっと懐疑的だ。「多文化主義は明らかに失敗だった」(2011年、フランスのニコラ・サルコジ大統領)、「Multikulti(ドイツ語で「ダイバーシティを尊重する態度」の意)は全くの失敗だった」(2010年、ドイツのアンゲラ・メルケル首相)など、グローバリゼーションの旗手であるはずの政治指導者たちが多文化主義政策の頓挫を公に認めているのだ。

多文化政策指数(MPI)や移民のための市民権指標(ICRI)など先進国の「多文化主義の進化度」を示す指標をみても、2000年をピークにどの国でも上げ止まりの状態にある(移民政策研究家ルード・コープマンズ、2013年の指摘)。

一部の専門家からは、多文化政策は移民の社会統合には効力もないばかりか、阻害要因になりうる、という大胆な研究も出されている。

欧米の多文化主義政策は、なぜ行き詰まってしまったのだろうか。この連載で紐解いていきたい。

文=遠藤十亜希

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