天才賞を受賞した日本人女性科学者「推理小説よりわくわくする謎解きの瞬間」

ミシガン大学教授 山下由起子

米国で天才賞とも言われるマッカーサー・フェローシップ賞を2011年に受賞し、ネイチャー誌をはじめとする様々な著名科学雑誌で発生生物学に関する研究成果を相次いで発表するミシガン大学の山下由起子教授。ハワード・ヒュー・メディカルインスティチュートにも所属し、教授職でありながら今も研究室で最先端の研究を続けている。

世界の最前線を走る彼女が最もわくわくする瞬間とは? 科学者として真理を探究する喜びの発見から、米国に渡って初めて気づいた自らに課していた制約、セルフメイドウーマンならではの子育ての秘訣まで、たっぷりと語ってくれた。

──現在の仕事内容について簡単に教えてください。

私は大学教授ですが、ハワード・ヒューズ・メディカルインスティチュートの研究者でもあり、仕事の75%を研究に費やしています。学生に教えることもありますが、科学を進歩させるための研究をすることが主な仕事です。教授になると実験はしない人が多いのですが、私は実験が好きで今もしています。

──研究の内容はどのようなものですか。

もともとは幹細胞の研究者です。細胞は分裂して1個が2個になる、これが最も基本的な生命の根幹です。人間も含めて生命は皆、この世に誕生した瞬間は細胞が1個で、それが2個、4個、8個、16個と増えていって私たちができています。

細胞分裂で重要なのは、全く同じものを複製する機能です。そうして2個目の細胞ができます。しかし、完全に複製するだけでは私たちはできません。肌の細胞、脳の細胞は同じDNAを持っていても一つ一つ違いますよね。たった1個の細胞から様々な細胞ができるのは、非対称分裂というプロセスがあるからです。

例えば、レシピ本があったとして、それを読んだ人が全く同じものを作っていたら何の個性も生まれません。でも、マスター版のレシピ本をコピーして、コピー自体は全く同じものが受け継がれても、ある人は和食のページを主に使うようになったり、別の人はイタリアンのページを読むようになると、多様化、違いが生まれてくる。そういうプロセスに近いですね。

細胞は同じDNAをコピーしているのに、それを受け継ぐ中で細胞がどのように変わっていくのかがまだ分かっていません。それを主に研究しています。

──山下さんがわくわくする瞬間を教えてください。

一つ目は、純粋に科学的な発見の瞬間です。発見の瞬間というのは、目の前に何かがぱっと出てくるものではありません。目の前にデータが出てくるのですが、その意味を理解するために、頭の中で考えないといけない。思った通りのデータが出るときは、もともとのアイデアがあるということなので、私にとっては喜びの瞬間ではありません。

むしろ、何だこれ?というのが出て来たときがいい。間違った実験の仕方はしていないはずだから、おかしな結果が出て来たら、そこに何か意味があるはずだと思います。それで、その理由をずっと考えていくと、ピカンという瞬間があります。「ああ!そういうことだったのか!」という。一番素晴らしい推理小説を読んだときよりも、わくわくする謎解きの瞬間です。それが一番やっぱり楽しいです。

もう一つは人が育つことです。私は科学が楽しくて楽しくてずっとやってきてました。研究室には、自分の10年前、20年前のような大学院生や、博士研究員が来ています。学びというのは、自分でしか達成できないものですが、周りから少しヘルプすることができるんです。

ヘルプしながらその人たちが学んでいくのをみるのは、子供を育てるのに似ています。自分の子供のように、研究室の人も「いつの間にかこんなに大きくなって」、と思う瞬間がある。「こんなにすごいこと考えるようになっているわ!」とか。それが一番楽しいですよね。

──わくわくの原体験はありますか?最初にピカンときた瞬間を教えてください。

初めてピカンと来て、これは本当に面白いと思ったのは、顕微鏡で分裂中の幹細胞を見た博士研究員の時です。分裂する際、並んだ2つの細胞の構造が一定の方向に必ず向いているのですが、その理由は当時まだ分かっていませんでした。しかし、実際に目で見た瞬間、「これは」と。その理由が直感的に理解できました。それが最初の衝撃です。

科学が好きになった影響は父親から来たと思います。理系の父は大学の時に物理学を学び、アインシュタインを崇拝していました。私は小さい時からアインシュタインの話を聞かされ、真理を探究することは一番面白いと勝手に思っていました。3歳ぐらいの時には、大学教授という職業があることも知りませんでしたが、科学をやっている人は楽しくて面白くて素敵だ、自分は科学をやりたいと思っていました。
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構成=成相通子

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