タイミングの師範、自分流を貫いた──イチロー引退をアメリカはこう見た

東京ドームでの試合終了後、スタンドのファンへあいさつをするマリナーズのイチロー(2019年3月21日撮影、Getty Images)

日米通算安打4257本の世界記録を始め、MLBシーズン最多安打(262)など、数々の大記録を打ち立てた、世界に誇るイチローが引退した。

アメリカのスポーツ専門チャンネルESPNは、「イチローは、キャリアを始めた日本で引退した」との見出しで、イチローが帽子をとり、右腕を肩からまっすぐに水平に伸ばしてそれを掲げ、ファンに謝意を示すおなじみのポーズの写真を大きく載せた。

毎年たくさんのメジャーリーガーが引退していくが、満員の大観衆でこれだけのスタンディングオベーションは、MLBでも珍しい。中継をするアナウンサーの声にも感情がこもり、アメリカはひと晩が明けたあとも、一幕が終わってしまったという感傷に包まれていた。

アメリカ人も惜しみない拍手を

マリナーズがある地元のシアトルタイムスのラリー・ストーン記者は、「イチローはいつもタイミングの師範。引退もしかるべく」と、引退を惜しみながらも、その決断を賞賛している。イチローの父親がモノにはすべて魂があるという考えをもっていたことから、イチローがグローブもバットも心から大切にしているというエピソードや、禅問答のようだったと彼とのインタビューを、懐かしく振り返っている。



また、イチローが50歳になっても現役でやると公言していたことを、あるとき「本気なのか」と聞いたときに、「もちろんだ」と答えたという。しかし、そのときにイチローが、「肉体的には十分可能。ただ、メンタル的にはきついだろう」と打ち明けられていたこともストーン記者は記している。

日本のファンが、イチローの年齢のことを常に話題にしてきたように、アメリカのファンも同様だった。そこには、評論家からの励ましもあれば批判もあった。しかし、多くのアメリカ人は、誰もやらなかったことに挑戦する人に惜しみない拍手を送る。

世界最大の特許を保有するお国柄だけあり、「そんなことできるわけない」と周りに言われても、なおも立ち向かう人間の成功には、人一倍惹かれる国民だ。仮に、最後の試合が東京ドームでなく、シアトルの球場であっても、あるいは敵地のオークランドであったとしても、おそらく昨夜と同じ、あるいはそれ以上の拍手をイチローは受けたはずである。
次ページ > 個性は殺すのでなく、輝かせるのだ

文=長野慶太 写真=Getty Images

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事