タイミングの師範、自分流を貫いた──イチロー引退をアメリカはこう見た

東京ドームでの試合終了後、スタンドのファンへあいさつをするマリナーズのイチロー(2019年3月21日撮影、Getty Images)


ノンプロフィットのニュース、クロスカットは、「選手は入団し、退団していく。しかしイチローは違った」という記事を掲げ、イチローが、(野茂が開拓した日本の投手のメジャーへの道に加えて)日本の打者としてメジャーに初挑戦したことの意義を、読者に思い起こさせている。そして、イチローがアメリカでもストイックに自らのルーティンを守るという自分流を徹底したことが、感動を呼んだと称えている。

イチローの独特の準備運動とそのバットの扱い方を「サムライの刀」のイメージだと評するところはアメリカ人の視点だが、記事では、かつて王貞治が外国人の血が流れているとして日本で差別されたということや、あるいはランディ・バースが王のシーズンホームラン記録を抜きそうになったときに外国人であるがゆえの敬遠攻めにあったという記載もあった。

これはおそらく、イチローの引退記者会見の最後に、「自分が初めて外国人になったことで、人の気持ちを思いやることができるようになった」と述べているところに呼応したものだ。

少なくともMLBの球場においては、国籍はまったく関係ないし、関知もされない。しかし、少数派である選手自身は、球場を一歩出れば、生き抜いていくために、異文化と異言語での戦いがあり、そこを超えないと「メンタル」十分な状態で球場には立てない。

ともすると、異文化を超えるために、なにからなにまでアメリカ流を取り入れようとする選手を見るにつけ、この記事は、自分が一番だと思うやりかたを貫くのがいい、個性は殺すのでなく、輝かせるのだ──というのが、イチローが我々に残してくれた感動なのだという主旨だ。

そして、アメリカの人々は、誰よりも努力する人が大好きだ。タイガー・ウッズが、試合の前も試合の後も誰よりも練習してきたことはよく知られている。マイク・タイソンも同じだ。集団での練習に日本ほど重きが置かれないだけで、24時間、そのことばかりを考えてトレーニングをする人間こそをヒーロー視するのだ。

去年、イチローが戦列から離脱させられながらも、常にチームに帯同し、毎日の練習メニューに手を抜かなかったことを、野球ファンでなくともアメリカ人はみんな知っている。だからこそ、チームメイトのあの熱いハグや涙にもつながっている。



それは1人の名選手の引退というより、生き様を見せてくれたことへの感謝だ。ファンも同じ気持ちだ。たくさんのアメリカ人が昨夜は泣いた。

連載:ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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文=長野慶太 写真=Getty Images

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