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変化に対する白人の怒りは、暴力的なものから全く意識がないものまで、さまざまなレベルで表現される。その中間にあるのが、おそらく意図的に発せられているものの、暴力とのつながりを巧みに否定する婉曲表現だ。トランプ大統領の発言はここに当てはまる。

トランプは、メキシコ国境の国家非常事態宣言を阻止する議会決議に拒否権を発動した際「人々は『侵略』という言葉を嫌うが、これがまさにそうなのだ。麻薬と犯罪人、人の侵略だ」と述べた。こうして、「侵略」という暴力的な白人至上主義者の言葉を使った後、トランプは白人民族主義を脅威と思うかと尋ねられると、「そうは思わない」と否定した。

私は以前、トランプの民族主義的なレトリックがどのようにピッツバーグの銃乱射事件を引き起こしたかについて記事を執筆した。トランプは暴力扇動を否定している。だが、ニュージーランドのテロリストはトランプを「新たな白人のアイデンティティーと共通の目的の象徴」と称賛していた。

何かが著しくおかしい。その一つは、新興テクノロジー文化が、変化に対する不安を加速させ、こうした不安がネット上の憎しみの中で増幅し、白人至上主義者のテロをあおっているという点だ。もちろんソーシャルメディアは、こうした表現の遮断を強化する必要がある。しかし私たちは個人としても、高度技術グローバル化社会で繁栄するためのアイデンティティーやコミュニティー、目的のダイナミックな対抗倫理を作り上げ、導入しなければならない。

必要な倫理的メッセージの出発点はシンプルだ。それは、違いを受け入れ大切にしなければならないということ。テクノロジーに関しては「どのように使うか」「どのようにして利益を得るか」に関心が寄せられ過ぎており、テクノロジーの使用に関する倫理規範の策定や導入は十分に注目されていない。私たちはツイートをしたり、ネット掲示板に投稿したり、スナップチャットをしたり、インスタグラムに写真を投稿したり、ユーチューブなどで動画を見たり投稿したりするたびに、自分たちが作り上げる新たな世界で人的な影響が生じていることに注意を向ける必要がある。

まずは「私は人との違いを大切にしているだろうか、それとも誰かを非人間的に扱っているだろうか?」と自問する。行動する前に問いかけることが大切だ。暴力は、その種がまかれるよりもずっと前に阻止する必要がある。マヤ・アンジェロウの「賢くなるまで、最善を尽くすこと。賢くなったら、今度はもっと改善すること」という言葉は全くもって正しい。宗教や人種にかかわらずさまざまな人が白人至上主義者のテロの犠牲になっている今、私たちは誰もが問題解決のために行いを改善しなければならない。

編集=遠藤宗生

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