『戦メリ』助監督が惹かれ続ける、宮沢賢治の「21世紀的良心」

ロジャー・パルバース氏


さて、100年前に動物の福祉について書いたその日本人は、冒頭のAとBの会話を書いた人物と同じだ。

Aはフランドンの農学校の校長だ。フランドンは英国ヨークシャー地方にある村で……と言っても本当の村ではないのでご安心を。その日本人は物語も、村も、すべて創作したのだ。

Bは人間ではなく、たまたま人間の言葉を話す豚である。彼は「フランドン農学校の豚」だ。

校長は豚のところに、死ぬ時が訪れたと知らせに来たのだ。しかし豚は、別の動物の食料になるために死ぬことをいやがった。人間ならそうするように。
 
「フランドン農学校の豚」は100年近く前に書かれた物語で、おそらく、世界で初めての、動物の福祉をメインテーマに書かれた物語だ。その物語を書いた日本人の名は、宮沢賢治。

であれば、日本の現代社会にも、動物の福祉や動物に寄せる共感、そして、苦しむ動物たちがいることへの認識は、確かにあるはずだ。日本人は、西洋の先例や「ガイダンス」に一切頼らずに、動物の福祉の支持者となれるはずだ。

宮沢賢治は日本にいようが、世界の他の国にいようが、われわれに今、まっすぐに語りかけている。

宮沢賢治は21世紀の良心を持つ19世紀に生まれた人間だ。そのような良心は他の人間たちのみならず、この地球に人間たちと一緒に生きる他のすべての生き物たちに、取り込まれるべきだ。

たぶん、宮沢賢治がわれわれにさし出してくれたこの例を考えるとき、私たちはみな、こう言うべきだろう……「そういうものにわたしはなりたい」。


ロジャー・パルバース(Roger Pulvers)◎1944年アメリカ・ニューヨーク市生まれ。東京工業大学名誉教授。カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)卒業後、ハーバード大学大学院で修士号取得。67年来日。京都産業大学、オーストラリア国立大学で教鞭をとる。82年「戦場のメリークリスマス」助監督を務めたのを機に再来日。「STAR SAND―星砂物語」で初監督を務める。第18回宮沢賢治賞、第19回野間文芸翻訳賞受賞、第9回井上靖賞受賞。2018年旭日中綬章受章。『こんにちは、ユダヤ人です』『賢治から、あなたへ 世界のすべてはつながっている』『日本ひとめぼれ』など著書多数。

文=ロジャー・パルバース 構成=石井節子

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