前々号でロイヤル・バークデール・ゴルフクラブ、前号でロイヤルリザム&セントアンズ・ゴルフクラブと紹介してきたからには、やはりここでロイヤル・リバプール・ゴルフクラブを紹介しておかないと収まりが悪いであろう。
実は1869年に設立されたロイヤル・リバプール・ゴルフクラブ、通称「ホイレイク」(ゴルフクラブ近くにある村の名前が、そのまま通称として親しまれている)は、イングランドではウエストワード・ホー!にあるロイヤル・ノース・デボン・ゴルフクラブに次いで2番目に古いリンクスであり、全英オープンの舞台となったのも1897年が最初という、由緒のある大変な名門である。
元々は1869年に、リバプール・ハント・クラブという名前の競馬場をベースにゴルフコースがつくられた。そこへロバート・チェンバースとジョージ・モリスの手でレイアウトが施され、1871年には18ホールへとコースが拡張し、ロイヤル・リバプールが完成したのだ。
ちなみにゴルフコースの名前に付く「ロイヤル」は、この同じ年にコノート公爵によってロイヤルの称号が付与されたことによる。
第一次大戦前の1885年には、全英アマチュアゴルフ選手権が初開催されたほか、1902年にはイングランド対スコットランドによる初の国際対抗戦、のちにHome Internationals となる大会が開催された。
また、第一次大戦が終わったあとの1921年に初めて英国対アメリカの対抗戦、のちのウォーカーカップが開催されたのも、この地である。
さらに1930年には、かの球聖ボビー・ジョーンズが全米アマ、全英アマ、全米オープンおよび全英オープンの世界4大タイトルを制する年間グランドスラムを達成するが、その際の全英オープンの開催地だったのがここ、ロイヤル・リバプールであった。
第二次大戦以後は、コースの全長が短いことなどを理由にローテーション(全英オープンは決められた複数のゴルフクラブで持ち回り開催)から外れていたが、2006年には実に39年ぶりに全英オープンがロイヤル・リバプールで開催された。
その開催の前には、自身もアマチュアとして全英オープンでプレーしたことのある著名なゴルフコース建築家、ドナルド・スティールによって、グリーンやティー、バンカーなどが大幅に変更。2001年に、全長7000ヤードを超える素晴らしいコースへと生まれ変わった。
ここでドナルド・スティールについて紹介しておこう。1937年生まれの彼は、スコットランドにあるエディンバラ大学のFettes Collegeとイングランドにあるケンブリッジ大学のChrist’s Collegeで学んだ過去をもつ。
大変優れたゴルフコースデザイナーでありながら、一方で創刊当初からサンデー・テレグラフに寄稿するなど、自身の著作を数多くもつ作家としても名を馳せている。
また先にも書いたとおりゴルファーとしての実力も確かなもので、1970年のセント・アンドリュース・ゴルフクラブで開かれた全英オープンへの出場を果たしているほどのプレイヤーでもある。我らが師匠である日本のリンクス研究の第一人者、大塚和徳氏とも同世代ということで親交があるようである。